2007年12月21日 (金)

死生観

またいきなりですが、インド旅行記2です。今年最後の旅行記♪

今年の春インドを旅していたとき。聖地ハリドワールの街で、アシュラムを抜け出してこっそり1人で散歩に出かけて道に迷ってしまいました。そして強い日差しの中、乾燥した道を焦りながら歩いていて、ふと向こうを見たら、とある廃墟の前に、まだ若いように見える男性が 横たわっているのを見たことがありました。

巡礼やサドゥもいっぱいいる街だから、路上に横たわっている人はめずらしくないけれど、顔を壁に向けて横たわるその 男性には生気がなく、どことなく「死体」の風情があり・・・・・ちょっと立ち止まって見たら、顔の辺りの土に血が広がっていました。

ハっとして、キョロキョロとあたりを見回すも、だれに話していいのかわからず、しかもわたしは迷子になってる最中で、自分がアシュラムに戻れるのかという心配もあり、しばらくその場に硬直して考えた後、けっきょく何もせずにそこを立ち去りました。

何とか宿泊していたアシュラムにたどり着いてスワミジに話しましたが、路上の死人というのはありふれた出来事のようで、
「聖なるガンジス川のそばで死ねたのだから幸せなんだよ、そのためにハリドワールまで歩いて旅してくる人が大勢いるんだから。」と言われました。

え、放っておくの??と驚いたら、スワミジが「君は彼のために何かしたいのかね?」と聞かれるので、またまた考え込んでしまいました。何かしたいって、何を?お葬式とか??

自分でもよくわからなくて、自分だったら路上で死んでしまったらどうしたいか、とか考えましたが、死んでしまった後よりも、死んでいくときの状況の方が問題のように思えるし。そして、どのみちわたしはそのとき道に迷っていたわけで、そこがどこだったのか、スワミジを案内しようにももう戻れなくなってしまっていることに気がつきました。

日本で「死」というのは、とってもいけないもののような感覚があるような気がします。みんないつか死ぬけれど、死に対してとってもネガティブな感情があるような気がして、もちろん理不尽な死は恐ろしいけれど、それでも死というのは、だれにでもいつかやってくるもので、生まれてくるのと同じくらい自然なものでもあるのですよね。

路上で横たわっていた青年らしき人が、孤独の中で死んでいったのか、それともガンジスのそばで満たされた気持ちで死んでいったのか、永久にわからないけれど、いつかわたしも死んでいくということは、当たり前のことなんだ・・・と感じたのでした。

もちろん、今もあの光景を何度も思い出します。もし手を貸すべきだとしたら、死んでしまったその人よりも、これから死んでいこうとしている人の方なのかも、とか。でもこうやってきれい事を言ったって、わたしはあの時何もしなかったし、今も何もしていない。さて、何をどうすべきなのやら。

スワミジ曰く。生きてこの社会からたくさんのものを受け取っている以上、バランスを取るために社会にお返ししなければならない。食べ物を食べて、トイレに行くのと同じ。受け止めたものを全部中に貯めてたら、おなかが破裂してしまうからねえ。

まだまだそんな境地にはいたれそうにありません。日常の瑣末な出来事で精一杯ってところです。

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2007年10月28日 (日)

インド旅行記2 インドのアシュラム

このブログでインドのアシュラムでの滞在を書いているので、よくインド旅行やアシュラム滞在についての質問をいただきます。しかし、何を言えばいいのかわからない・・・。
実のところ、わたしはアシュラムについてたいして知っているわけではありません。無数にあるインドのアシュラムの中からいくつか、スワミジたちのお供で行ったり、紹介されていったというだけなのです。

そして、今年のインド滞在中には、アシュラムに限らずインドを旅する危険というのを、スワミジとドルーブくんからこんこんと言い聞かされました。まあ、旅行中には些細なトラブルというものはあったわけですが、ここでそういうことを書いておらず、のほほんとしたアシュラム滞在記を書いたりしています。なので、ちょっとくらいわたしがスワミジたちから聞かされたネガティブなことも書いたほうがいいのかな・・・と思いました。

アシュラムというのは、今の日本の宿坊のような場所とはちがって、宿泊施設ではありません。そんなことご存知の方も多いかと思いますが・・・。欧米人が運営していたり、ヨガを外国人に教えるために作っているようなアシュラムには、ヒンドゥ色の薄いところもありますが、スワミがいて司祭さんが住んでいるという伝統的なアシュラムは、基本的にヒンドゥの宗教施設なのだと思います。そして、宗教にはいろいろ種類があるようでして、保守的なところ、原理主義的なところ、革新的なところ、自由でのんびりしたところ、いろんな場所があります。そしてイスラムとの対立もあり、テロがたくさんあることはご存知だと思います。で、わたしが何を注意されたかというと、知らないアシュラムに入り込まないように、ということを言われました。

アシュラムはいい人が集まっているところとは限らない。親の手に負えないようなワルい若者をアシュラムにほりこんだりすることもあるらしく、司祭の卵のようにクルタとドーティを着て祈っている若い子達の中には、犯罪者のような者も混じっている。それから、いろんな宗派があり、過激(?)な儀式をするところあるし、外部の人間には見分けがつかない。だから、絶対にスワミジたちからの紹介なくアシュラムや寺に入らないこと。

インドの聖地に行くとそこらじゅうアシュラムだらけです。そして、中には、何かというとお金を要求してくる司祭もいるし、スワミジに連れられてお寺参りをしても、本当にお金のことしか考えてない寺というのを見ることがあり、嫌な気分になることも。あまりにもあからさまで、わかりやすいといえばわかりやすいな。

スワミジが日本に滞在して、日本人の善良さに心底感激している様子からも、インドで暮らすことの苦労が見えてきます。だから、みなさん、気をつけて旅してくださいね。紹介者や保護者無しに宗教施設に入り込むのは、どこだって同じようにリスクはあります。素晴らしい経験ができるかもしれないし、ひどい目にあう可能性だってゼロじゃありません。

わたしも思い当たることがあるなあ。とても穏やかな雰囲気のアシュラムでも、主のスワミが外出したりすると、途端に様子が変わることがあるのです。にこやかで優しい感じだったアシュラムの男の子が、突然乱暴な口調になったり、ちょっと偉そうになったり。みんな今まで自分の役割を演じていただけだったのね!・・・と、したたかさに感心します。

一般的な人の善良さで言えば、日本人はほんとに総じて善良なんですよ。ウソばっかりつく人の方がめずらしいですもん。インドの人って、いい人は涙が出るほど善良なんですけれど、習慣的にウソを言うというのはあります。どうでもいいようなことでも、ウソです。日本語でいう嘘というのとは意味合いが違うようで、さほど悪いことでもありません。

例えば、スワミジと話していても、「こないだの書類、発送してもらえましたか?」などと聞くと「ああもう昨日発送したよ。」と返事が返ってきます。スワミジは、わたしが全部真に受けることをよく知ってるので、「明日発送するっていう意味だけどね。」とニヤリと付け足します。最初のころは「なんで?なんでウソつくの?」と怒っていましたが、最近ではフフフと苦笑するだけです。

京都人がお互いに遠まわしな嫌味を言い合うように、インド人は昨日といえば明日って意味だな、と分かり合ってるんでしょうね。明日出すなんて言ったら、一週間後という意味に取られちゃうのかも。そうそう、ヒンディでは、「昨日」と「明日」が同じ単語らしいです。だったら、昨日出したと言うのもウソとは言えませんね。

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2007年10月14日 (日)

引き続きインド旅行記2

これは、わたしの2007年2~4月にかけての第二回インド旅行記です。えらく間をあけて再開してみましたが、また気まぐれに突然終わるかも。

さて、いきなり騙され、笑われるところから始まったヒマラヤ滞在ですが、とにかく去年からの懸案である学校とアシュラムの建設現場を見なければ始まりません。何はさておき、見に行きました。。。全然できてません。一ヵ月後には開校するのに、こんな壁しかできてない建物がどうやって完成するんだろうと、人ごと(?)ながら焦りました。
その後の昼夜を問わない建設作業は、見てるだけでも疲れる日々でした。スワミジも、ドルーブくんも、毎日朝から夜中まで建設現場を行ったり来たり、資材を調達に行ったり。

建設作業といっても、日本のように、指示を出せばちゃんとやってもらえるというような状況ではありません。スワミジが見てなければ、みんな座っておしゃべりを始めるやら寝るやら。タイルはガタガタにゆがんで貼られるし、ドアや窓は明らかに斜めになってます。コンクリートで階段を作ったと思ったら、まだ乾いてない階段を作業員がみんなして昇り降りし、あっという間に崩されてしまいます。どうしてこんな基本的なことがきちんとできないのか、と素人のわたしだって、腹が立ってきますが、腹を立てても何も始まりません。
わたしもせめて何か役に立とうと、スワミジの代わりに現場に行って作業を見張ってみましたが、誰もわたしを恐れてくれず、目の前で平気でタバコを吸って休憩されてしまいます(どうも子供に見えるらしい)。言葉も通じないしどうしようもないので、あとからスワミジに告げ口しておきました♪

それ以外には、毎朝、近所のアシュラムに「ヨガ・ヴァシスタ」という聖典のクラスを受けに行きました。ヨガ・ヴァシスタというのは、ラーマヤーナに登場するラーマ王子の子供時代、教育を任せられた聖仙ヴァシスタが、ラーマ王子に話して聞かせたというショートストーリーがたくさん書かれたものすごく分厚い本です。たくさんある寓話を毎日少しずつスワミに解説していただきました。まずサンスクリット語の物語をスワミが読み、それを地元の人用にヒンディに訳して解説、それから外国人用に英語に訳して解説されます。
これはリシュケシュで受けていたヴェーダンタのクラスも同じで、ヴァッキヤブリッティというシャンカラアチャリヤのテキストを、スワミがサンスクリットで詠唱、その後南インドの言葉タミル語と、英語で解説されていました。解説と言っても、言葉の意味をそのまま言ってもらうのではなく、その言葉や物語の意味するところを、たくさんのたとえ話をはさんでいろんな角度から説明されます。
伝統的に、わたしたちがいかに宇宙(ブラフマン)と一体の存在であり個々の存在ではないかといいう事を説明するために、土器の壷や海の水を例えに解説されることがあるようです。

わたしたちは、壷を見て「これは壷である」と思います。でも、実際には壷という物質は存在しません。壷は土からできてきます。水を入れる容器としての壷という概念をわたしたちが持っていて初めて、壷という存在が認識されるのです。壷は土のある一つの形態でしかありません。壷は「わたしは壷である」と思っていますが、本当は壷ではなく土であり、壷という形態がなくなれば地面を満たしている土の一部なのです。これと同じように、「わたし」は「わたしという肉体」に宿る魂であるけれども、この肉体を離れればブラフマンという宇宙をあまねく満たす存在と一つです。わたしが理解した範囲で大ざっぱにいうと、このような理屈です(たぶん、たぶんですよ)。

同じように、海面に立つ波頭は、実際には海水であって、波は海水が一つの形をとったものにすぎません。波という概念でしかないのです。また、海水をガラスのビンに詰めれば、わたしたちはその水を「海である」とは思いません。でも、実際には、そのビンの中の水は、海を満たす海水と同じ存在です。わたしたちも、ブラフマンと同じ一つの存在です。

こんなふうに、アドヴァイタ=不二一元論がわかりやすく説明されます。いや、わかりやすいかどうかはわかりませんが、とにかくありとあらゆる例を持ち出して、ブラフマンとの一体が理論付けられていきます。理屈っぽい人にはぴったりの、ブラフマンへのアプローチです。これがギアナヨガというものなんでしょうか。

バクティヨガの人は、こんな理屈じゃなくて、例えば、ひたすらキルタン(讃歌)を歌い続けて自分をなくし、神との一体を目指しているのかも。確かにキルタンって、延々と歌い続けて頭が麻痺するまで歌い続けたときにやっと、自分がなくなり何か一体化するような感覚が生まれるような気がします。まあ、そこまでのめり込んで歌ったことなんてもちろんありませんが・・・。

とにかく、「自分をなくす」というところが最初の一歩、という感じでしょうか。

いや、今はヨガヴァシスタの話だった。。。ヨガヴァシスタは、分厚い本なので、わたしがクラスを受けた数日分なんて、ほんの端っこをかじったにすぎません。ちょうどそのとき話されていたことは、いかにこの現象世界がまやかしであり、わたしたちが現実ではない夢の世界に生きているか、ということでした。この世界はすべて、今こうやってヨガヴァシスタを読んでいるわたしたちの存在も、この本も、座っている椅子も、周りの景色も、すべてが幻である、と毎日のようにさまざまな例を持ってきて説明されました。クラスはスワミの講義と、参加しているほかのスワミたちからの質問、それにまたスワミが答えるという形で進んでいきます。

わたしたちには、この目の前の現象世界が現実にしか思えません。でも、わたしたちが眠って夢を見ているとき、それを夢だと認識することができるでしょうか?眠りから覚めたとき初めて、自分が夢を見ていたことに気がつくのです。真実を知るためには、まず夢から覚める必要があります。これが夢である、ということを認識しないかぎり、真実の世界は見えません。
今ここにいて、周りを見渡して、わたしたちに見ることができるのは、せいぜい地平線のところまでです。しかし山を少し登ったとき、今いる場所を上から見下ろすことができます。そのときに見える地平線は、平地にいてみる地平線よりさらに遠くにあります。どこよりも高い山に登ったとき、さらに遠くまで見渡すことができます。これと同じように、低い次元にいては見えるものが限られしまいます。少しでも高い次元に上がったとき、わたしたちは今まで見ていたものを、違う角度からさらに多く見渡すことができるのです。

ちょうどヴェーダンタコースを取って、ちょこっとヴェーダンタの世界に触れたばかりのわたしにとって、このクラスはとても興味深いものでした。

しかし、完全に俗世に暮らすわたしにとって、さらに興味深いのは人間模様。このクラスを巡り、わたしはちょっとばかり人間模様を見させていただきました。そして、ちょっとばかり人間の生々しさについて学ばせていただきました。まあいろいろありましたよ~。こんなとこでは書けないけどさ。わたしの頭の中だけで楽しませていただきます。わたしはここでのクラスも、冗談半分に「苦行」と呼んでいました。

冬のヒマラヤ、皮膚が煤けてくるるようなキツい直射日光の中、サングラスと日傘を片時も離さずに、そんなこんなで過ごしました。ほんとに太陽が目に痛かった・・・。

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2007年10月11日 (木)

突然ですが、インド旅行記2

ぜーんぜん書いてなかったインド旅行記2を、なぜか突然書く気になりました。読み返してみたら、まだリシュケシュでのヴェーダンタコースのことをちょこっと書いただけじゃあないですか!我ながらあまりの尻切れトンボ具合にびっくり。

このリシュケシュでの15日間の苦行(と呼んでいた)を終えた翌日、間髪入れずにアシュラムのゲートまでお迎えが来ました。ヒマラヤ行きのタクシーです。
貧乏旅行癖のあるわたしとしては、旅行中にタクシーで長距離移動するなんて考えもつかないことだったのですが、前回スワミジの車でヒマラヤに行き道路事情を知っていたので、迷わずスワミジの信徒さんにタクシーを出してもらいました。だってガードレールもカーブミラーもない断崖絶壁のガタガタ道なのです。あんなとこを車体の傾いた路線バスで行ったら、到着する前に神経が磨り減ってなくなりそうです。

ほんとうはコースが終わったその日にお迎えがくるはずだったのですが、ちょうどその日はインドのお正月に当たる「ホーリー」の日。この日はそこらじゅうで色粉を投げつけあう日らしく、「危ないからこの日はアシュラムから一歩も出ちゃダメ」というスワミジからの指令があったのです。もちろんヒマラヤへの移動も延期。
そんなに危ないんだろうか?とスワミジが大げさに言ってるのではと疑っていたのですが、アシュラムに滞在していたインドの人も、やはり移動日を変更していました。服が台無しになるっていうのもありますが、色粉が自然なものではないらしく目や皮膚に悪いようです。確かにあのドぎつい色は体に悪そう。
危険なのはホーリーの当日だけじゃなく、その何日も前から、道行く犬が半分ピンク色に染まっていたりしました。春にインド旅行をする人、ホーリーには気をつけましょう。

ヒマラヤまでの長い車の旅、クネクネの山道を、タクシーがすっ飛ばします。わたしは乗り物酔いするということがなく、シケの海でフェリーに乗って周りの人がみんなえづいている時だってまったく平気だったのですが、この若い運転手さんの運転にはやられました。運転自体は上手いので不安なわけではないのですが、何しろずっとカーブ続きで常に右に左に体が飛ばされるほどスピードを出しています。2時間も左右に体をゆすられ続けたころにはすっかり気持ちが悪くなり、後部座席に寝っ転がって爆睡、寝てる間にウッタルカシに到着しちゃいました。

途中スワミジに電話をし、何か必要なものがありますか?と聞くと、「枕を20個買ってきてもらえるかな」と言われたので、わたしは麓の村で布団屋を探し、羊毛が詰まった手作りっぽい形がバラバラの枕を15個ほど調達したのでした。一個200円もしないのですが、20個はきついので15個に減らしてみました。そして後部座席で枕に囲まれ、マハラジャ状態で到着したわたしに、出迎えたスワミジが目を丸くしています。「枕20個なんて、冗談に決まってるじゃないか。ほんとに買ってくるとは思わなかったよ。」・・・・・意味のわからん冗談言うのはやめて~!!!

腹が立つので、しばらく枕に埋もれて座り、みんなの前で踏ん反りかえって過ごしました。アシュラムの男の子たちは、春になったら来客が増えるから、枕はいくつあっても困らないよ、などと慰めてくれますが、どう考えても枕20個は非常識なのに、何も疑わずに買ってきた自分のマヌケさにも腹が立ちました。スワミジは、「ananda君はインドではサバイバルできないね。もっと脳みそを訓練しなきゃ。」と笑います。枕はしっかりとしまいこまれ、建設中のアシュラムが完成したら、新しい部屋のために使われることになりました。きっと今頃いろんな人に使われていることでしょう。

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2007年6月14日 (木)

神の使いとクッティヤ・スワミ

インド旅行記2をろくに書かないまま、きのうはバウルに関してヒマラヤでお目にかかったスワミのことに触れたので、引き続きインド旅行記2に突入したいと思います。

きのう書いたスワミがスワミ・チェータン先生のところに遊びに来られたとき、一緒にもう1人スワミが来られました。お二人ともスワミジのお友達です。世俗を捨てたスワミに「お友達」という表現はおかしいのですが・・・まあスワミ仲間ということでしょうか。スワミが三人もいて、全員「スワミジ」とお呼びするのでややこしかったです。

きのう書いたスワミジ(スワミ・デバナンダ師の直弟子の)が、食事のときに面白いお話をされていました。このスワミジは南インド出身のためヒンディより英語の方が話しやすいらしく、会話が英語だったので私も仲間に入れていただくことができたのですが・・・

「わたしの住んでいるところにしょっちゅう来るゴミ屋のおやじがいてね、ゴミを積んだ大八車を引いてやってくるんだけど、いつもボロボロの服を着ているんだよ。2日前にもそのおやじがやってきて、そのときちょうどお布施が少しあったものだから、彼に服を寄付しようと思ったんだ。それで、セーターがいいか、とおやじに聞いたら、彼がなんて答えたと思う?」

「彼はね、自分はもうすでに2枚か3枚の服を持っている、それなのにどうしてこれ以上服をもらわなきゃいけないんだ?と言って去ってしまったんだよ!わたしがどんなふうに感じたかわかるか?彼は突然やってきて、神のようにはわたしに教えを与えてくれた。これが二日前わたしに起こった出来事だよ。なんということだろう!」

それに対して他の二人のスワミジたちがどう言っていたか忘れてしまったけれど、世俗の生活を自ら捨てたスワミたちにとって、普通の暮らし、いや普通以下の極貧の暮らしをしながらなんの欲も持たない人の存在というのは、畏敬を感じるものであるのかもしれません。このお話は、今でも鮮烈にわたしの頭の中に残っています。すべてを持っている人が「これ以上必要ない」と言うのは簡単です。インドの極貧がどんなものか(日本にいたのでは想像の範囲を超えています)、それを見たあとで聞くこの話には、いろんなことを考えさせられます。

このスワミジと、スワミ・チェータン師は、大人になってから僧侶の道を選んで出家したのですが、ここにもう1人いたスワミジは「クッティヤ・スワミ」と呼ばれていました。この方はまだ20代の若い僧侶でしたが、子供のころにすでにスワミになったそうです。このようなスワミをクッティヤ・スワミと呼び、特殊な存在であるようです。このスワミジは他のスワミたちにヴェーダ聖典の講義をする先生なのだそうです。素晴らしいヴェーダの先生だとお聞きしました。

スワミという僧侶になるシステムは、サドゥとの違いも含めてどうしてもよく理解できないのですが、子供のころにスワミになることがある、というのがますます理解できず頭の中が???でいっぱいになりましたが、ぶしつけな気がして質問することができませんでした。

さて、スワミジたちとの食事の前、わたしはスワミ・チェータン先生に別室に呼ばれました。
何かと思ったら、スワミジは「このスワミジたちは、ヒマラヤにいるスワミたちに講義をして暮らしているスワミジたちだよ。スワミというのはみんなお布施だけで暮らしているからお金を持っていない。お金を持たないスワミたちに教えているスワミジたちが、さらにお布施を受ける機会が少ないのはわかるね?」と聞かれました。「はいもちろんわかります!」
こうやってスワミにお渡しするお金を「ダクシナ」と言います。わたしはさっそく封筒を2枚もらい、そこにお布施を入れて、お二人のところに持って行きました。お布施をし慣れてなくてどうやっていいのかわからず、右手に封筒を持ち、左手を添えてスワミジたちに差し出しました。そこへ慌ててスワミ・チェータン師がやって来て「あ!ダクシナを渡すのは食事の後って決まってるんだよ。」・・・先に言って下さいよ~。

別にスワミという存在に幻想を抱いているわけではありませんが、やっぱり、俗世を捨てて神の道を歩み、すべてをお布施にのみ頼って生きるというのは、並大抵のことではないと思うのです。お布施というのは、来るときは来るし来ないときは来ない。「何も持たない」という本気の覚悟がないととてもやっていけません。

そう思うと、わたしにはとてもできない出家者の生活をしているこのスワミジたちにお布施することによって、わたしも何か彼らの清い生活の一部を分けていただけるような気がして、とてもありがたい気持ちになったのでした。やっとお布施することがどういうことか、わかったように思います。相手の為に恵んであげるんではないのです。自分の為に受け取っていただくんですね。捧げるんです。

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2007年4月29日 (日)

インド旅行記2 朝の瞑想クラス

さて、アシュラムでの生活の続き。この間は朝のプジャのことを書きました。

 このプジャが終わると朝の瞑想が始まります。30分間の瞑想は、スワミがずっとガイドをしてくださいます。このガイドが、もちろん英語なんですが、聞いてると気持ちがよくて・・・毎日いろんなことを話してくださいましたが、何度も言われていたのは「受け入れる」ということ。

 ヴェーダンタクラスの中で、「わたしたちは無知によって、自分を取るに足らない小さな、無力な存在でしかないと間違った判断をしている。」「しかしわたしたちは、宇宙の原理そのものであるブラフマンと一体であり、無限の存在である。」という話が何度も繰り返されました。

「受け入れる」ということも、「すべてをありのままに受け入れる。なぜなら世界はすべてはブラフマンであり無限の存在なのだから。」ということでしょうか。

 「ブラフマン」というのはうまく日本語にできないのですが、なんともよくできた言葉です。よくできた概念というべきでしょうか。インドでは、人格を持った神さまたち(シヴァやクリシュナ、ハヌマンのような)は、どちらかというと人間に近い存在であるように思います。そのもっともっと高いところ、大きなものとして宇宙のすべて、真実の存在である「ブラフマン」があります。「ブラフマン」を前にして宇宙も世界もすべては幻であり、わたしたちは幻を現実と見て夢の中に暮らしている。真の知識「わたしがブラフマンである」という知識を得ることによってやっと、わたしたちは自分が夢を見ていたことを知るのです。この「ブラフマン」は、三大神ブラフマー神とも違った意味で使われています。すべては「ブラフマン」であり、ブラフマン以外のなにも存在しない。それならば、わたしたちの存在もすべて「ブラフマン」だということになります。だから、「わたしがブラフマンである(オームブラフマアスミ)」「あなたがそれである(タットマシ)」が究極の教えとなります。

Cimg4401 わたしたちの状態は、「夢を見ている」状態です。夢を見ているとき、それを「わたしは夢を見ている」と認識することはありません。夢の中では、すべてが可能です。例えば、夢の中でわたしはエジプトにいて、そのあとすぐインドに行った。なんてことも可能です。崖から落ちたあと、普通に誰かと話してるなんていうわけのわからない夢を見ることもあります。でも、夢の中ではそれが現実。

それと同じように、わたしたちが今現実だと思って見ているものは夢であり、それが夢であるということを知るのはその夢から覚めたあとのことです。目覚めない限りこれらが夢であるという知識は得られない。平地にいて周りを見回しても地平線のところまでしか見ることができないけれど、高い山の上に登って見下ろしてはじめて、その向こうにあるものを見ることができるのと同じ。より高い次元の思考に至ってはじめて、自分の状態を知ることができるのです。

なーんてことを延々と、一日何時間も、何日も何年も、一生かけて考え続けるのがヴェーダンタの哲学です。今生で理解できなくても、次の生があります。何しろわたしたちは輪廻転生の輪の中にいるのですから。この喜びと、その反対の苦しみに満ちた生を生きるのは、わたしたちがまだブラフマンに到達していないから。要するに悟りを開いて解脱していないから。だから、わたしたちが生まれ生きているのは、モクシャ(解脱)を得てこの体の束縛を離れ、ブラフマンの元に返るためなのです。ちなみにこれはわたしの考えではありませんよ。ヴェーダンタの教えです。

 ところで、瞑想30分というのは短いです。しかもスワミがずっとガイドしてくださっているので、その声に意識が集中してしまい、ますます深い瞑想をするのは不可能。でも、瞑想の概念を、この30分間の瞑想を繰り返すことによって、ほんの少しだけ理解できた気がします。

 この瞑想のクラス、7時から始まるのですが、7時半は朝ごはんの時間です。なので、瞑想が終わった途端にみんなさっさと立ち上がって、朝ごはん食べに行きます。インドの人って実際的だなあと思うことが多い。確かに、このクラスでは瞑想の取っ掛かりを教えてもらったわけですが、実際の瞑想をするのは何もここじゃなくても、ウチに帰ってたっぷり時間をとってやればいいわけです。

そういえばガンガーの上流に行ったときも、岩の上のすごく目立つところでガンガーに向かって瞑想してるのって、外国人ばかりだったな・・・見ててとっても「瞑想してる」感はあるんですけど、何となく、「スタイル」から入ってる気がしなくもない。人から見られてることを意識してるところがあるのかもしれません。そういうわたしもばっちり、外国人らしく朝からガンガーの中の岩に座って瞑想いたしました。とっても「瞑想した」気分になりましたよ。きっと瞑想じゃなくて「目を閉じて座ってた」だけなんでしょうが、それでも長時間座ると、岩山は動かず、水は常に流れ、その中にほんのわずかに生き物たちの動きがあり・・・何か自分がまわりのすべての中に溶け出して、一体になっているような感覚になった一瞬がありました。

 しかし、このような高尚な「ブラフマン」についての考察をしていたって、生きていれば日常生活ってものがあります。こんなお話を聞いたあとだって、みんな朝ごはんの列に並び、横抜かしするヤツもいてそれに腹を立てるわたしがおり、お金がなければ何もできない世界でみんなお金を得ることに必死になり、わたしも「お布施はいくら渡そうか、安すぎるのもいけない気がするけど、うう~・・これがぎりぎりの線だな。」などとどっぷり俗世に浸っているところが、自分でもなんともおかしくなった15日間でした。

 「わたし、何で生きてるんだろう?」という問いへの答えにあやふやなところがないこのヴェーダンタの世界。「わたしはちっぽけで無力な、取るに足らない存在だ」ということを真っ向から否定して、「わたしはブラフマンなんだ!」と知ることにすべてのエネルギーを注ぐヒンドゥの哲学には、ヨガのアサナなんてやる気がなくなっちゃうような魅力がありました。

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2007年4月17日 (火)

インド旅行記2 アシュラム生活・プジャ

 わたしが滞在していたアシュラムでは、毎朝5時過ぎからと毎夕6時半からプジャ(お供えの儀式)があります。朝の5時から、敷地内にあるお寺でお経が始まります。

お寺にはシヴァリンガを中心に、ガネーシャ、リンガ、シャンカラアチャリア、ハヌマン(猿の顔した神様)の像がまつられています。

Cimg3841_1 中心のシヴァリンガは、リンガとヨーニ(女性をシンボル化したもの)が組み合わさったリンガヨーニで、男性原理と女性原理の結合を、内側から見た形になっています。リンガ自体はもともとただの楕円形の石だったりするのですが、このテンプルではこれに念入りにお化粧をして、シヴァの象徴白い横線を入れたり目のようなものを入れたりして神様に仕上げられます。プジャはお寺によってやり方が微妙に違い、人(司祭)それぞれです。

朝のプジャではまずは昨日のお化粧を落とします。水で洗って、ギー・はちみつ・ヨーグルトなどを念入りにすり込んで、さらにお供え物のバナナを刻んだものなどをぶっ掛けて捧げます。それを回収して洗い、そのあとまたお化粧が施されます。回収した果物はプラサード(お下がり)として、参列者に配られます。初め知らずに食べていたけれど、シヴァリンガにぶっ掛けて回収したのをいただいていると聞いて以来、同室のYさんにならってプラサードはガンガーへ捧げることにしました(おなかが心配だった)。

Blog_cimg3873_1 この儀式の間、司祭も参列者もみんなマントラを唱えています。周りの人がわたしにもマントラの本を見せて「ここ、ここ」と教えてくれますが、アルファベットに音訳されたサンスクリット語を読み上げるのは事前練習なしにはできません。なのでほとんど口パクです。

このアシュラムで唱えられているのはヴェーダのマントラであり、スワミ・チェータン師にあとでマントラ本を見せたら「これはヴェーダのマントラじゃないか。こんなのananda君のような初心者には向かないよ。上級者用。」と一蹴されてしまいました。ヴェーダのマントラって何でしょうか?と聞くと「ちゃんと勉強した人が唱えるむずかしいマントラ!」とわかるようで何もわからない答えが返ってきました。

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2007年4月13日 (金)

インド旅行記2 ヴェーダンタ

 今回のインド滞在でわたしが参加したヴェーダンタのコースは、総勢250名ほどの参加者があり、ほとんどがインド人。外国人は日本人ブラジル人フランス人など、ほんの少数でした。
 何と参加申し込みは350人を超えたそうで、わたしがすぐに受け入れの返事をもらえたのはとても運がよかった。


Cimg3816  先生であるスワミジが南インド出身であるため、参加していたインド人の多くが南インド人で、授業はサンスクリットとヒンディと南インド訛りの英語のほか、どうもタミル語が混ざっているらしく、わたしは最初のうちどれが英語か聞き分けるだけでヘトヘトになっていました。
 しかも先生のお話には冗談が多くて、必死になって聞いていたらただの冗談だったりして!

 このコースでは、シャンカラ・アチャリヤのウパニシャッド解説書「ヴァッキヤブリッティ」という、ヴェーダンタの「最後の言葉の解説」という意味のテキストが使われました。
 シャンカラアチャリヤは8世紀のヴェーダンタ学派の哲学者で、アドヴァイタつまり不二一元論をうちたてたといわれている人です。

ヴェーダには膨大な、ほんとうに膨大な言葉の群が書かれているけれど、最終的にはこの「ヴァッキヤム」の一言に尽きる。それは「タットマシ」という一文。この「あなたはそれである」という記号のような短い一言にわたしたちはこれ以上何も付け加えることはできない。ヴェーダはウパニシャッドに集約される。
 

これがコースの最初の先生のイントロダクションでした。ヴェーダンタは「ヴェーダの最後の部分」という意味で、つまりウパニシャッドです。
 

この先生の言葉を聞いたときわたしは、古代から脈々と続いてきたヴェーダのその最後の部分を、こうやって師から弟子へ語って聞かせるという古代から続いてきたインドの伝統に加わって師の足元に身を置き学んでいることに、涙が出るほど感動したのでした。
 どれだけの人々がどれだけの時間をわたしと同じように師の足元に座って過ごしてきたでしょうか?

ヴァッキヤブリッティ=最後の言葉の解説。ヴェーダはウパニシャッドに集約され、100を超えるとされるウパニシャッドは最終的にはこの一言に集約されるという、「タットマシ(タット・トワム・アッシ)」という一文の解説書です。「あなたはそれである」。

サンスクリット語って、文の中の単語がそれぞれに変化して短縮されて合体するらしく、その語形変化を知らないと元の単語が何だったのかさっぱりわかりません。

テキストにはサンスクリット語の原文が書かれているため、そのアルファベット音訳に何とか日本語の意味をつけたいと思うのですが、はっきり言ってわたしのレベルでは到底無理。それどころか英語での解説を聞き取ることさえままなりません。

最初の三日間はひたすら必死で聞いて、そのあと頭がついて行けなくなって呆然とし、落ちこぼれそうになったところで幸運なことに同室になった日本人女性が授業の後に補習をしてくださって、やっと最後までがんばれた感じです。

最初の震えるような感動はおいといて、現実は厳しかったのでした。

 この授業の内容は文章に書けるほど理解できていません。

 これからじっくり考えて、少しでも理解していけたらいいなと思っています。

 ですので内容の紹介はこの辺にしておいて、アシュラム生活のことを書いていこうと思います。

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2007年4月 9日 (月)

インド旅行記2 ハリドワールとリシケシ

Cimg3699 引き続きハリドワールでのシヴァラットリー。

  シヴァの義父ヒマラヤのお寺を出た後、車に乗ってジャングルのような木の生い茂ったところに入っていきました。木々の間に突然現れたのはまたまたシヴァ・テンプル。

ここはシヴァリンガがガンジス川のすぐ脇の地下室にあり、地面から自然にリンガが突き出してきているそうです。この「リンガが自然にせり上がってくる」というのはよくある伝説なのか、わたしもいくつかのお寺で「せり上がってくるリンガ」のお話を聞きました。

この地下室はガンジス川の水面より低くなっており、増水期には川からあふれた水で部屋ごとガンジス川の中に沈みます。壁には確かに水没したあとがあります。

Cimg3711このシヴァリンガの前で、二度目のプジャをしていただきました。あまり信仰心には縁がなかったわたしですが、みんなが目を閉じ感極まってシヴァにお祈りしている様子には、ほとんど羨望を感じます。信仰がないがために、わたしにはこの喜びがありません。

ヒンドゥの祈りには、「こうしなけばならない」という決まりごとや義務ではないものがあるように感じます。祈る人々の、シヴァリンガに触れられて「うれしい!」プジャができて「幸せ!」という喜びの感覚が伝わってくるようです。

Cimg3720 そのあと別の部屋へ。そこには囲炉裏のようなものがあって火が焚かれており、前にはこの寺の主のスワミが座っています。大勢の信徒さんがやってきて、次々にスワミに挨拶しお供えを渡し、囲炉裏の中から取り出した灰を額につけてもらっています。わたしたちも灰をつけてもらい、囲炉裏のまわりに座ってホーマ(護摩)の儀式に参加しました。この囲炉裏の火は、この寺が始まって以来(十数年だったかな?)ずっと灯されたままだそうです。

 その後もう一つのお寺に行きプジャをした写真が残っているのですが、このお寺のこともプジャのことも完全にわたしの記憶から消えています。何にも覚えていません。記憶って不思議。お昼の黒いチャパティは味まではっきりと覚えているし、ホーマをしたときの煙のにおいだって記憶に鮮やかなのに。

 スワミジたちはそのままシヴァラットリーのお祭りに突入、一晩中歌って過ごしたそうですが、わたしはこの日がヴェーダンタコースを受けるアシュラムへの到着指定日だったため、午後にはリシュケシュへ行ってアシュラムへ行きました。そしてそこでまたプジャに参列、その後はお部屋で静かに過ごしたのでした。一日に4回もプジャ!目が回るほど神様たちにご挨拶しました。

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2007年4月 8日 (日)

インド旅行記2 シヴァラットリーをハリドワールで

Cimg3642 初めて体験するシヴァラットリーのお祭りを、幸運なことに聖地ハリドワールにて迎えることができ、3人のスワミジたちの後ろについて、あちこちでプジャに参加させていただきました。

 シヴァラットリーとは、名前からわかるようにシヴァ神のお祭り。シヴァ神は、ヒンドゥ教の三大神シヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーの一。この日はみんな断食して、夜は一晩中神を讃えてキルタンを歌うそうです。

 ちゅうことは、ゴハンにありつけないかも・・・と覚悟していたら、不思議なことに断食用の食事(?)というものがあり、ハリドワールのアシュラムではその断食昼食をいただきました。断食というのは何も食べてはいけないわけではなくて、食べてはいけないものが決まっているそうです。もちろんまったく何も口にしない断食をする人もいます。

 食べてはいけないのは、小麦(たぶん大麦も)・豆・たまねぎにんにくその他諸々などで、チャパティなどは小麦粉ではない何かで作った真っ黒なものが出てきました。何で作ってあるのかキッチンに聞いてもよくわからなかったのですが、これは香ばしくて大変おいしかった。黒ゴマでも入ってたのかなあ?見た目はイカスミ煎餅でしたが。あとはジャガイモの入った塩味のスープとキャベツの炒め物。スパイスが全く使われてないぶん普段の食事よりあっさりしていて、食べやすかったです。

 この日は朝食の後、まずはシヴァの「義理のお父さん」が祭られているお寺に行きました。シヴァのお祭りということで、さすがに「義理のお父さん」のお寺は大賑わい。本堂にお参りしようと大勢の人が並んでいます。長い長い長蛇の列を横目に、スワミジたちに連れられてまずはお寺の主のスワミにご挨拶に伺います。

 お寺のみなさんと共にチャイを飲んでしばらく歓談した後、おもむろにみんなで立ち上がって移動。どこへ行くのかと思ったら主のスワミジに先導されて長蛇の列の一番前から鉄の柵を取り外して中へ入り、そこでわたしたちだけプジャをしてもらいました。並んでいる人の目線が刺さる気がしてコソコソしちゃいました。

 ところで、しばらくお寺にいて気付いたんですけど、ここに祀られている「シヴァの義理の父」というのは、シヴァ妃パールバティのお父さんということになります。パールバティはヒマラヤの娘で、すなわち彼女の父はヒマラヤそのもの。ヒマラヤが神像になってるところは見たことがないなあ。

 同行していたJ氏の娘さんに小声で「ヒマラヤがここに祀られてるの?」と聞くと「このお寺全体がシヴァの義父ヒマラヤそのものなのよ。」と返事が返ってきました。

 そういえば、プジャをしたときはどんな神様にお供えしたっけ?ああ覚えてない!シヴァリンガだったような気がするけれど・・・。お寺全体がヒマラヤ?どういうことだろう?ヒマラヤの山全体が神そのもの、というのはまだわかるのですが、この寺がヒマラヤそのものというと・・・なんだかややこしい概念です。

Blog_hari1_2  お寺のスワミたちと記念写真。この右上の男性、どっかで見たような顔・・・すごくなじみのある顔だけど、思い出せない。あっ、やくみつるだ!と思ってやくみつるさんの写真を探して見たけど全然違いました。誰に似てるんだろう?

おまけ:ちょっとだけお寺用語解説

1スワミ=ヒンドゥの出家僧。日本の仏教の僧とは違い、儀式を執り行わない。最後に敬称の「ジ」をつけて「スワミジ」となります。
2アシュラム=このアシュラムの定義がいまだによくわからない。日本では道場といった意味で使われているようですが・・・わたしが見た限りでは、神像を配置した寺を中心に、僧侶、司祭やサンスクリットの学生が居住する建物があり、信徒や巡礼の宿泊する場所でもある。
3プジャ=お経をあげて(マントラを唱えて)神様に供え物をする儀式。
4プジャリ=プジャなどの儀式を執り行う司祭さん。

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