2011年12月15日 (木)

ヒマラヤの旅2012

毎年ヒマラヤのスワミ・チェータンジのアシュラムを訪ねる旅を開催していますが、来年も4月にヒマラヤに行く予定♪

ヒンドゥ僧であるスワミジと一緒に過ごすので、
観光地にはあんまり行かないしショッピングの時間も少ないですが、
ガンジス川上流部のほとりにあるアシュラムで、
日常から離れて、瞑想やヨガ、キルタン、祈りと儀式の時間など、
心穏やかな時間を過ごします。

Img01058201111191556  

ヒマラヤの町・ウッタルカシは、ヒマラヤトレッキングの経由地として、
世界中から登山者が集まるほか、
聖地ガンゴトリへの足掛かりとして、
インド全土から巡礼がやってくる場所。
そこから少し離れた村にあるスワミジのアシュラムと小学校は、
とてものどかで、静かで、きれいなところです。

残念ながら一般募集はしてなくて、
お知り合いの方のみで一緒に行く旅行ですが、
手違いというか、わたしの手落ちで連絡が行ってない方もあるので、
ここでもお知らせしておきますね。
連絡が来ないぞーという方はご一報ください。

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2011年7月14日 (木)

ミニチュア版 バガヴァッドギータ

今年の4月のヒマラヤ行きで、とってもありがたいものをいただきました。
こんなにちっちゃなバガヴァッドギータ。ミニチュア版。

Cimg7903

見開きには4人のスワミたちのサインつきです。

Cimg7904

ヒマラヤ山麓の町、ウッタルカシに、
お坊さんにヴェーダを教える先生・アチャリアがおられます。
まだ若いスワミですが、子供のころにウッタルカシの町に来て、
サドゥたち(放浪してる遊行者だけでなくお坊さんたちも含む)が話し合って、
「この子供を先生とする」と決めたそうです。

以来これまで、
ウッタルカシのアシュラムの片隅で教えてこられたのですが、
この春小さな小屋を構えてそこにサンスクリットの学生と共に暮らし、
サドゥたちにヴェーダの教えを伝えて行かれることになりました。
ちなみにここは一般人向けではなくて、
サドゥ、スワミだけの学びの場所ですので、
わたしも行ったことがありません。

さて、昨年この小さな小屋を建てる際に、
ヒマラヤのスワミジから電話をいただきました。
「ananda君が尊敬してるウッタルカシのスワミが、
小屋を建てることになってね、
近隣のスワミ達でそれを助けることになってるけど、
もし寄付をしたければしてもよろしい。」

ヒマラヤでヴェーダの伝統を保護し、
教えを伝えて行こうという活動です。
わたしが自分の欲望のために何かを買ったりするよりも、
ずっと生きるお金の使い道です。
そんなわけでわたしも少しだけ、寄付の仲間に入れていただきました。

そしてそのまま忘れていたのですが、
4月にヒマラヤに行ったら、
その先生スワミを含む4人のスワミ達が、
ヒマラヤの学校に来られました。

一緒にキルタンを歌ったあと、
プジャのプラサードと共に、この小さなギータ本をいただいたのでした。

ウッタルカシの学び家は、
石葺きの屋根に土壁でできた、伝統的なヒマラヤの住居だそうです。
スワミジが、「いつか連れて行ってあげよう」
と言っておられたので楽しみにしています。

Img00875201107141727

ウッタルカシのスワミジ達のラムナムの様子。

でも今年インド帰りに強烈な病気になって以来、
インド行きが少し怖い。
原因は不明でしたが、
日本のお医者さんは「見たことない症状」って言ってたし、
インドからもらってきたのかも。

インドに行ったら蚊に刺されないように、
そしてきれいそうに見えても生野菜は食べないようにしましょう。

今日のボレちゃん。サマーカットです。

Img00869201107131833

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2010年4月 6日 (火)

エコヨガ・自然素材のヨガマット入荷!

ながらくお待たせいたしましたが、
やっとやっと、
エコヨガ社のヨガマットが届きました!

Yoga

エコヨガ社のヨガマットは、自然素材でできています。
マットにベースになっている天然ゴム、そしてジュート(麻)がおりこまれた
ナチュラルなヨガマットです。

JuteRubbertapkerala

わたしがヨガマットはこれ!と決めて、
それ以来ずっと使い続けているお気に入りのマット。

4mmのヨガマットのラインアップは、4色。6,200円です。

4colours

グリーン
オフホワイト
ディープラベンダー
アッシュグレー(新色です)

新色アッシュグレーは、黒に近いグレーで、
日本語でいえば墨色といった感じで、渋いです!
今年のわたしのヨガマットはこれ♪

Ashen_grey

それから、2mmのヨガマットが製造再開されました。
持ち歩き用の2mmのヨガマットは再入荷しないの?という
お問合せをちょくちょくいただいていたのですが、
なぜかメーカーで製造されず。
わたしも2mmのマットは軽くて便利なので愛用していたし、
再開されるのを待っていました。

今回の2mmヨガマットは、ディープラベンダー。5,800円です。
(写真は4mmのマットです)

Deep_lavender

それから、背の高い人のために、
ロングサイズの4mmホワイトも入荷しました。
長さは213cm!余裕のある長さです♪
価格は6,500円です。

ショップページをご覧ください。
ご注文をお待ちしております。

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2009年10月28日 (水)

インド旅行記5 ゴパールさん

うちの家には、神棚も仏壇もないのに・・・
ゴパールさんがいます。

Gopalji

ゴパールさんは、クリシュナ神の子供のときの名前だとわたしは聞いているのですが、なんか記憶があやふやになっちゃった。でもとにかく、クリシュナさんと同じ系列の神さまです。
よくスワミジのアシュラムのサットサンガでも、ゴヴィンダ・ジャヤジャヤ ♪ ゴパーラ・ジャヤジャヤ ♪ と言って歌います。ゴヴィンダもゴパーラも、たぶんクリシュナさんの子供のときの名前・・・だと思います。

というわけで、ゴヴィンダさんとゴパーラさん、ゴパールさんは同一人物、というか同一神さま。牧神だそうです。牛飼いの家に生まれて、牛が大好きだったそうで、クリシュナ神の生誕地ブリンダーバンに行くと、牛が大変大事にされています。

毎回インドへグループ旅行をするとき、みんなが帰った後、スワミジのお供で向かうのが、この聖地ブリンダーバンです。

ブリンダーバンでは、ハリオーム!とスワミジ式に挨拶してはいけません。
なぜならここはクリシュナ信仰=ヴィシュヌ信仰の地だからです。
ご挨拶はラデラデ~と言います。
あんまり男性的な感じで言ってはいけません。
優しく女性っぽく「ラデラデ~」とご挨拶です。

スワミジは、ブリンダーバンに行くと必ず、
「ハリオームと言うんじゃないよ、ラデラデだからね。間違えないように。」
と、わたしに注意をされるのですが、
間違えて「ハリオーム!」と挨拶をするのはスワミジです。
「ハリオーム!」と言ってから打ち消すように
「ラデラデ~」と言いなおしているのを、何度も目撃しました。

ブリンダーバンのお寺でお世話になって過ごしていましたが、最後の日にお寺の司祭さんの一家からスワミジにプレゼントの箱が渡されました。

その中に入っていたのがこのゴパールさんです。手のひらサイズ。

みんなで、すばらしい、うつくしいゴパールさんだ。とってもめずらしい。すごい。と言っていますが、わたしには違いがよくわかりません。
ぼーっと聞いていたら、いつの間にやらゴパールさんがわたしのところにやってくることになっていました。

「日本に連れて帰って、ananda君の家で大切にお世話しなさい。」

絶対無理です!面倒見られません!!と言って何度も断ったのですが、インドを離れる日にわたしの荷物の中にゴパールさんを入れられてしまいました。

「毎朝沐浴と着替えをさせて、チャイをあげて、菜食の食べものをお供えしなさい。それから、撫でたり話しかけたりしていいよ。旅行に行く時は連れて行ってね。」

と、着替えのドレスを4枚、王冠やアクセサリーも、何種類も渡されました。

それ以来、スワミジと電話で話すたびに、
「ゴパールさんは生きてるか?ごはんもあげてる?」
とチェックが入ります。

なんとなく、仏壇にお供えをするような感覚で、毎日お茶を入れた時やごはんを炊いた時にお供えしてますが・・・生きてるかどうかは何とも???です。

スワミジからときどき指示が入ります。
「そろそろ寒くなってきたからセーターを着せてあげて。」

今度インドに行ったらゴパールさん用にセーター買わなきゃ。←ちゃんと売ってるらしい。


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2009年8月 3日 (月)

スワミジ来日!

スワミ・チェータン先生が無事日本に到着されました♪

Photo

ヒマラヤ旅の仲間、Yさんが成田までお迎えに行ってくださいました。
遠くからはるばる、
しかも朝到着の便で新幹線の始発では間に合わなかったため、
夜行バスで!!!
写真はスワミジのみですが、このとき司祭さんのドルーブ君は、
スワミジが先に荷物を全部持って出てきてしまったのを知らず、
ターンテーブルの前で荷物が出てくるのをじーっと待ってたそうです。
スワミジはいったん外に出てしまったので、戻って呼びに行くこともできず、
しかたなく放送で呼び出し・・・。
スワミジ、先に行くときは一声かけてくださいよ~。

わたしはスワミジの滞在先、信州へ先回りしてお出迎えしました。
今年は日本中雨だらけ、信州も例外ではなく、
まったく信州らしくない蒸し暑さでした。驚いた。

Photo_2

夜には歓迎パーティも。
ちなみに私は懐かしいカヤック仲間との飲み会があり、
パーティは欠席。
「犬と会話ができたおじさん@穂高」に絡み酒でした。
クリシュ君がどんなにかわいいか、
延々と話していたような気がします・・・お酒はほどほどに。
最近あまりお酒を飲まないせいで、
久しぶりのお酒にすっかり飲まれちゃいました。

Rambabakrish

クリシュ君noteランババと共に。
ランババはヒマラヤのアシュラムに住むおじいさんスワミです。
こんなピュアな笑顔のおじいさんは滅多に見かけません。
失礼ながら「かわい~!」をヒマラヤの旅のメンバーみんなで連発してしまいました。
クリシュ君もベローンと甘えています。

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2008年3月 4日 (火)

ヴェーダンタ入門5

えらく間があいちゃいました。なんだか最近慌しい。うぬぬ。インド行きも近づいてきたし、勉強しなきゃいけないんですが。通訳もするので英語の復習しなきゃ。

わたしの記憶力は有効期限が短いです。英単語を一生懸命覚えても、数ヶ月使わないとキレイさっぱり忘れます。あまりにも忘れるので単語帳を作りました。電車の中とか取り出してパラパラやりながら単語を覚えてます。受験生の気分。

わたしの英語はもともとたいしたことなくて、日常会話レベルに毛が生えた程度なんですが、何しろ元がおしゃべりなので貧弱なボキャブラリーのわりにはずっとしゃべってます。で、よくしゃべるので英語がよくできると勘違いされがちです。
ヨガの通訳は特殊なので、英語がたいしてできなくてもヨガの用語を覚えれば何とかなるところもあり、かろうじて通訳してるんですけどね。それでもときどき通訳中に頭が真っ白になり、参加者の方から小声で助けていただくことも。。。うふふ、一生プロになれませんね。

しかも!日本人はたいてい英語の読み書きができても話せないと場合が多いのですが、わたしは反対に、英語の読み書きがほとんどできないんですよね・・・。これはよくびっくりされるんですが、ほとんど人との会話で英語を覚えたので、文法とか文章読解とかの知識が抜け落ちてます。綴りもうろ覚えなのででたらめ。スワミジにはよく「こんな綴り間違いだらけの文章、いった誰が書いたんだ?恥ずかしくないの?」とからかわれます。恥ずかしいけど、いちいち気にしてたら英語でメールなんか書けませんよ。

そんなわけで、このヴェーダンタの本も、読むのはとってもむずかしい。本を読もうとするとほとんど辞書を読んでるような状態になります。聞いたことない単語がいっぱいです。しかし一回辞書を調べたくらいで覚えられるほど上等な脳みそじゃないので、せっかく時間をかけて調べたのにすぐ忘れます。もったいないなあ。

さて雑談はおいといて、ヴェーダンタ入門の続き。
『INTRODUCATION TO VEDANTA』(スワミダーヤナンダ著)より。プルシャルタの最後、モクシャ。解脱です。なので今回でこのヴェーダンタ入門はおしまい。本はさらに続いていきますけれど。

モクシャの追求は、ダルマと同じく人間に特有のものです。人間の中でも、モクシャを認識している人は少数です。この少数の人たちだけが、自分たちが求めているものはさらなる安全でも快楽でもなく、すべての欲望からの解放であることを知っています。

だれでもが瞬間的に解放されることがあります。「つじつまがあう・すべてがあるべきところにある」ように思える瞬間です。なにかが「ぴったりと符合した」とき、わたしは自由です。このような「つじつまがあう」と感じる瞬間は、すべての人間が経験するものです。時には音楽が人をこの「つじつまがあう」状態にしてくれることもあります。また瞬間的に欲望が満たされるとき、あるいは美しいものに対する強烈な感謝が、その状態を作り出すこともあります。「すべてがあるべきところにある」という感覚は、その瞬間、その状態に何も変化を求めないことによって証明されます。

わたしが何も変化を求めないとき、わたしはそのままの状態でつじつまが合っていることを知っています。わたしは満足の意味を知っています。何かを満たすための変化を必要としません。その瞬間、わたしは自由です。周りの環境やわたし自身を変える戦いから解放されます。永遠の平和を求めるなら、何事にも変化を求めない。そうすることによって、わたしの人生は満たされ、闘いは終わるのです。

モクシャの追求とは、誰もが一度は感じたことがある「すべてがしっくり来たときに感じる満足感」から得られる自由の直接的な追求です。どうすればその自由を得ることができるのか?どのような足かせがその自由を拒むのか?これからその疑問について、探索していきましょう。


と思わせぶりなところでこの『INTRODUCTION TO VEDANTA』のイントロの部分が終わります。続けて読みたくなりますね。

しかし今回よく出てきた「つじつまが合う」というのが今ひとつよくわかりませんでした。英語で「fall into place」と表現されているのですが、この「すべてがあるべきところにある」と感じることが自由である、というのがあまりぴんと来ないんですが。
そういうふうに感じているとき、わたしたちは変化を求めないらしい。変化を求めるって、具体的にどういうことなんだろう?もっとお金持ちになって、もっと成功して、もっと幸せになって、もっと美しくなって・・・などと思うことが変化を求めてあがくこと?
もともとあまりそういうことを追求していない場合、どうなるんだろう?
すでにモクシャに到達?そんなわけないな。

実際のところ、みなさん何を追求していますか?
自分に当てはめていろいろ考えていくと、変化を求めないって、ひょっとしてただ単に野心がない状態なのでは。。。と思ってしまった。

しかし今の日本、格別の野心を持たなくても、住むところがあって食べるものがあって着る服もあって、みんな美容と健康を気にしてデトックスブーム、ヨガやお茶やお花の習い事をして、十分恵まれているように見えるんですが。

スワミジに、ananda君は何を求めてるのかな?とよく聞かれます。
ハテな?なんだろ?日々の暮らしの中ではいろいろ求めてますけど。
もう少し大きな視線では、まだ求めるものが見つからない、という感じかな。
こういう中途半端な状態のわたしには、そういう質問はチクチクと痛い。

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2008年2月 6日 (水)

ヴェーダンタ入門4

続けてヴェーダンタの本を読んではいるんですが、最初の4つのプルシャルタの紹介くらいまで書くつもりが、けっこう長い。日本に紹介されてない本とはいえ、こんなに長い文を訳して載せるのも差し支えあるか・・・と迷いつつ。

とくに前回書いたカーマの部分は、いろいろと説明があっておもしろいけど、興味のある方はいつか英文で読んでいただくとして、ダルマに進もうと思います。

ダルマ;宗教的道徳・倫理

ヴェーダによって示されるダルマは、宗教的な常識の基準であり、プンニャとパーパというよい行いからの結果と悪い行いからの結果を含みます。
ダルマによると、人間の行いは目に明白な結果と同様に見えない結果ももたらします。目に見えない結果は、行為者にかすかなな形で生じます。そして、そのうちに、目に見える形でよい体験・悪い体験として、喜び・苦痛として、現れます。よい行い・プンニャの結果として喜びが生じ、悪い行い・パーパの結果として苦痛が生じます。パーパは罪と定義することもできます。罪は、間違った目的と間違った手段を選択することです。この間違った選択が、望まない結果をもたらします。パーパのツケは、いやな経験をすることで払うことになります。プンニャは、目には見えないけれど後からもたらされる喜ばしく望ましい経験を指し示します。
ダルマは4つのプルシャルタのうち最初の段階を占めています。なぜなら、アルタとカーマの追求には、倫理と道徳の土台が必要だからです。アルタが二番目、なぜなら生命の安全は誰もが最初に望んでいることだからです。そしてそのあと、喜びを求めます。わたしたちは生きたい、そして幸せになりたい。そしてこの二つの追求は、道徳によって管理されなければなりません。
最後のゴールになるのが、解放・モクシャです。なぜなら、最初の3つのゴールの追求には限界があることに気がついて初めて、求めるゴールとなるからです。

プンニャとかパーパの感覚って、わたしたち日本人にはなじみがありますよね。業が深い、なんていう表現もあるし。
モクシャって解脱のことですが、解脱ってナントカ真理教のせいであんまりイメージよくないけど。モクシャっていう言葉の響きが好きです。インドの人がモクシャって言うとき、憧れがこもっていて、なんとなくかわいいイメージ。この本の著者のおじいちゃんスワミが、「わたしたちはモクシャを得るために生まれてきたんだよ。わたしたちが生きる目的はモクシャを得ること。わたしは本当にそう思っています。」と言われたとき感動して ああわたしもそう思えたらいいのになあ と思いました。そう簡単には宗旨がえできないけど。

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2008年1月19日 (土)

ヴェーダンタ入門3

ヴェーダンタ入門の続き3です。
『INTRODUCATION TO VEDANTA』(スワミダーヤナンダ著)より。アルタに続いてカーマの項です。

カーマ; 快楽の気まぐれな性質

カーマとは、感覚的な快楽を言います。生物はどれもみな、感覚器官を通して得られる快楽を求めています。人間以外の生き物では、この喜びの追求は本能によってコントロールされています。単純に直接的に、あらかじめ楽しむよう自然にプログラムされた快楽を追求します。彼らにとって快楽というものは、哲学や自己判断によって複雑になったものではありません。犬や猫は、健康や美食なんかとは関係なく、それぞれおいしいと感じるものをおなかいっぱいになるまで食べます。彼らの快楽は、本能に従って始まり、満たされ、終わります。

でも人間の快楽の追及はもっと複雑です。人間の欲望は、本能に加えて個人の価値観によって動かされます。生物としての本能的な欲望は、気まぐれで幅広い欲望を満たすことのできる人間の能力によって、複雑化されます。人間は個人的かつ主観的な世界に住んでいます。対象を、望むか望まないかではなく、望ましい、望ましくない、どちらでもないという基準で見定める世界です。
自分自身について考えてみると、今現在自分が欲しいと思っているものを、いついかなるときも欲しているかと言うとそうではなく、また他の人にも同じように欲望されているかというとそうでもないことに気がつきます。人間の欲望は変化します。時間、場所、そして個人の価値観が欲望を決定しているのです。
ガレージセールについて考えてみましょう。ガレージセールでは、かつてわたしが価値があると思っていたけれど価値を持たなってしまったものが、他の人に買われていきます。反対に、他の人が役に立たないと思ったものに、わたしが価値を見出すこともあります。事実、ある人が一度ガラクタだと思って売ったけれど、あとになってまた欲しくなったりすることもあります。環境やモノに対する姿勢が変わるからです。時とともに、今わたしが大切にしているものが価値を失い、また新たにガレージセールをすることになります。

モノについて望ましい・望ましくない・その中間といった判断をする価値観の変化は、人やアイデア、思想、状況、場所に対しても影響があります。すべて、望ましい・望ましくない・中間の対象となります。古い車、古い家、古い家具、それに古い夫や妻さえも、ある地位から別の地位へと移ろいます。主観的な価値観はいつも変化します。価値観が変われば、好き嫌いの基準も代わります。好き嫌いの感覚は、不快なことを拒否して避けようとします。不快を避けるということも快楽の追求の一部分です。
動物も人間も、快感を求め不快感を避けようと必死になります。両者の違いは、人間の快楽の追求には本能のような決まったパターンによる制限がなく、そのかわりに常に変化する価値観に支配されているということです。そしてこの常に変わり続ける価値観のために、わたしたちは常にそれを得ようとあがく状態にあるのです。


うーん・・・・そうですねえ。確かに気に入って買ったつもりの服が、たんすの肥やしになってますわ。カヤックのために必要だからと買った長いステーションワゴンは、今はウチの前の道が細過ぎて無用の長物を体現してます。。。長すぎて出し入れがしにくい!でも買ったときはとっても必要だったんですよ。中にボートを入れられるし、寝袋があればボートの横で寝られるし。
家だって同じところに住んでるとすぐ飽きちゃう。信州で住んでいた家には大きな庭と畑があり、柿に林檎、桃、梅、池には蓮の花が咲き、窓からは北アルプス。でも住んでるうちに最初の感動はなくなり、引っ越したときは「飽きてきたからちょうどいいや」なんて思ってしまった。貸家だったからよかったけど、苦労して買った家だったらどうすんの???こんな移り気でいいのか?

この本に書かれてることは、実際にはほとんど聞いたことあるし自分でも一度は考えたことあるような内容なんですよね。でもこうやって簡潔に説明されると、改めて考えます。本当はわたしは何を望んでいるのかと。
そういうシンプルな問いを、常に問いかけてくれるのがヴェーダンタ。インドでは、退職した人たちが残りの人生をかけてヴェーダンタの勉強をしたりします。社会的な役割を果たしたあと、精神世界に入るんですね。理想的な老後の過ごし方。

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2008年1月18日 (金)

アシュタンガヨガ@石川

今年最初のアシュタンガのクラスに曜日を間違えて行きそこない、やっと今週初アシュタンガに行ってきました。気持ちよかった!
自宅ではぜんぜん練習しなかったけど、クロウポーズからのジャンプバックができるようになっていました。一回目に行ったときは、ぜんぜんできる気がしなかったな。

どうもわたしは、ときどき激しく体を使うのが合っているらしいです。
アシュタンガの後なんだかエネルギーが有り余って、冬の冬眠状態からスイッチが入った感じになります。
スイッチが入ると代謝がよくなるらしく、やたらとゴハンがおいしくていっぱい食べるので、ヨガ的にどうなのかわからないけど、とにかく滞ってる感じはしないし気持いいんだからいいのです。

シャバーサナを何度もしながらゆっくりリラックスするヨガも気持ちいいし、こういうノンストップでやっていくのも大好きです。

ヨガってどんな種類のものでもほんとにいいもんだと思います。
たとえ週一回だって、続けてたらぜったいに今より体が健やかになります。
あ、ホットヨガだけはわたしは苦手。サウナ嫌いなんだった。

金沢でアシュタンガをやりたい方はこちら↓
http://ashtangayoga.moo.jp/

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2008年1月10日 (木)

ヴェーダンタ入門2

ヴェーダンタ入門の続きです。
『INTRODUCATION TO VEDANTA』(スワミダーヤナンダ著)より。

アルタ; 終わりのないセキュリティ(安心や安全)の追求

プルシャルタの一つであるアルタは、人間が他の生き物と共通に追求する二つのうちの一つで、冨・権力・影響力・名声などに象徴されます。

生きるものはすべて、それぞれに適した形でのセキュリティを求めています。
動物、鳥や魚や虫、植物や微生物だって、身の安全というものを求めます。
安全な避難所を探し、食べ物を蓄えます。
すべての生き物は、不安や身の危険といった感覚を持ち、安心したい、守られたいと望んでいます。
でも、かれらのセキュリティの追求は、自然に内蔵されたプログラムによって、安心感で満たされれば終わります。
人間以外の生き物には、終わりのない追求はありえません。

人間の欲求を満たすための終わりのない行動は、経験から来るように思われます。
例えばお金なら、どんなにたくさん蓄えて、たくさん持っていても、けっして十分には思えず
安心できません。
お金で安心を得られないとなると、次に権力と影響力をによるセキュリティを求めます。今まで必死になって得たお金を今度は権力を得るために使います。
冨や権力、影響力、名声によるセキュリティを求めることには、終わりがありません。
なぜなら、わたしたちは「安全ではない」という感覚を持っており、そして安心したいと願っているからです。

自意識を持つ存在であるわたしたちは、『不安』を感じる能力を持ってしまっているのです。
資産を蓄えても、その蓄えは自分に安心を与えてくれない。得たものが十分だと感じられない。絶え間なく、もっと多く、もっと違う種類のセキュリティを求めて、無駄な努力をします。



これ、実際によくインドの人が言います。
デリーでタクシーのドライバーの兄ちゃんに言われたことがありました。
「お金持ちは病院に健康診断に行って病気を見つける。そして今まで普通に暮らしてたのに、自分の病気を知って恐がり怯えて病院で過ごす。ぼくたちはそんなお金はないから、ずっと普通に暮らして、病気に気がついた時には死ぬだけだ。お金持ちになったって、どうせ違う種類の苦しみがやってくるんなら、お金持ちになる意味なんてあるのかな?」
治療を受けられなかったらもっと怖いのでは・・・と思いましたが、治療を受けられたら怖くないでしょうか?やっぱり怖いかも。種類は違うけど、けっきょく苦しみはやってきます。

例えばインドでTシャツ一枚しか持ってなくても、当たり前のことなのでぜんぜん不幸じゃありませんが、日本だったら・・・もしかしたら10枚持ってるのに新しいすてきな服が買えなくて不幸に感じる人がいるかもしれませんね。不幸の感覚って相対的なものなのね。

そう考えると、わたしが感じている幸とか不幸とか、ただ幻影を見てるだけなのかもしれません。相対的なものではない、絶対的な幸と不幸の追求をしていれば、動物のように満たされたらそれで終わり。となれるんでしょうか。

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