2012年5月 9日 (水)

2012ヒマラヤ

今年もインド・ヒマラヤに行ってきました。
無事帰国。今のところ何も発病してません♪

スワミジのアシュラムは、バラが花盛りでした!

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寒い冬が終わって、登校してくる子供たちの様子ものどか。

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いつもと変わらぬ朝礼の風景です。

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と思ったら、1人ポケットに手を突っ込んでガサガサと音を立ててる。

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一分ほどガサガサさせた後、そっと取り出したのは・・・

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お菓子か?!
この姿勢でずーっと眺めつづけ、とうとう後ろの子に注意されてました。

ボレちゃんは夏毛になる最中ですごい抜け毛。
とかすとふわふわの毛が奥からいっぱい出てきて、
どんだけ生えてんの?ってくらいでした。

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楽園の犬です。

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ヒマラヤのガンガーの川岸は、
牛やヤギ、ロバも犬も自由に歩いていて、
いろんな色の鳥が飛び交い、ちょうちょが舞っていました。
夜が明けて山の向こうから太陽が昇り、
風が吹き、日が照りつけ、そして夕立があり、
だんだんと雲が出て太陽が沈み、夜がやってきます。

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2010年12月23日 (木)

ヒマラヤの放課後

ヒマラヤの学校での放課後、
子供らが何をして遊んでいるのかと見物していると・・・

とにかく走り回って追いかけっこ、取っ組みあって、
大きい子が小さい子をぐるぐる振り回して放り投げています。

日本だったら「怪我するから」と絶対に止められてそうな勢い。
でも意外とだれも怪我をしないようです。
ときどき痛そうにしてる子もいますが、5分もしたらまた走っています。

犬のボレ君と一緒に座って見ていたら、
一人がだーっと走ってきて、「ブルーレンジャー!!!」とポーズをとってくれました。
そのまわりにいた子も集まってきて記念撮影。

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小さい子たちとも記念撮影しようとしますがうまくいきません。

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そうこうしているうちに・・・・
写真に気を取られてうっかりボレ君の散歩ヒモを離してしまい、
ボレ君は校庭を走り回る子供の中に突入!!
みんなが絶叫して逃げ回るという大変なことになったのでした。

ボレ君は悪さはしないんですが、何しろ図体が大きいので、
小さい子たちはボレ君に突き飛ばされて吹っ飛んでいます。
捕まえようと追いかけると大喜びで、よけいに走り回ってしまいます。

走りに走って満足して戻ってきたボレ君を捕まえ、
やっとみんなに「ごめんねぇ~!」謝りましたが、
子供らは「もう一回離して~♪」と大喜び。
こっちはもう走り回ってクッタクタだったので、
「勘弁してください」とそそくさとその場から逃げ出したのでした。

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2010年12月22日 (水)

デリーで地下鉄体験

デリーの交通渋滞はすごいです。
まあどこも首都というのは渋滞しているものでしょうが、
たぶんここでは恐ろしい勢いで車を持つ人の数も増えているのでしょう。
それに加えて、信号があるようなないような、なんかよくわからん交通ルール。

道路には車だけでなく、バイクに自転車、たまに牛、そしてゾウまで歩いています。
そうそう、今回デリーで3頭もゾウを見ました。
額に飾りをつけて、たぶんどこかの結婚式に出勤中。
いろんな動物が歩けるデリーの道路、めっちゃ素敵です。
これだけは永遠になくさないでほしい。
日本もせめて犬くらい自由に歩いてる街に戻ったらどうかと思います。
そりゃわたしも子供のころ、放浪犬に襲われて死ぬほど泣いたことがありますが、
それもまた今となっては思い出(?)です。
さすがに大型犬は無理でも、シバ犬くらいは歩いててもいいんじゃないかなあ。

ともかくいつも渋滞しているデリー、そこへ登場の地下鉄♪
目下建設中の地下鉄は、まだまだ路線は少ないですが、
ちょっと移動するにはとっても便利です。
駅にはちゃんとエスカレーターもついてるし改札は自動です。
でもキップ売り場は自動じゃなくて窓口で長蛇の列を作ります・・・

地下鉄キップはプラスチックのコイン型で、改札でコインをかざすとゲートが開きます。
窓口で行き先を叫ぶと、料金を言ってくれます。
わたしが乗った区間はたいてい19ルピーでした。
あるときちょうど小銭がたまって重かったので、
2ルピーコインを10枚出したらなぜか言い放たれた。
「19ルピーだ!」。そしてまだ手を出してる駅員。
ムっとして「今わたしがいくら渡したか知ってるか?」と低い声で言い返した。
おにーちゃん、すでにコインを確認せずにお金箱に放り込んでしまって、
う・・・と答えに詰まってます。
「ちゃんと数えてからモノを言いなさいよ。1ルピー頂戴!」
金額は小さいけど、いい加減すぎる・・・。

その次に乗ったとき、20ルピー札を渡したら、駅員のにーちゃんが
「お釣りがない!ないったらないの!」と言い張ります。
そのときは急いでいたので文句をつけるのはやめましたが、
もしヒマだったら・・・・
何でお釣りを用意してないのか、理由をじっくりと聞いてみたかったです。

ちなみにちゃんとプリペイドカードもあるようで、改札でカードをかざしてる人もいました。

さて地下鉄構内は大混雑。
でもこういうとき女性は得です。
すべての地下鉄の1両目は、女性専用車両なのです。
まだまだ外を自由に歩き回る女性は少ないのか、女性車両は空いてます。

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こんなに快適な車両には、当然男性も紛れて乗ろうと挑戦します。
でもちゃんと警備員が入口付近に立っていて、
男性が近づくと立ちはだかって入れてくれません。
そして警備員さんに、この電車は○○へ行く?と聞くと、
わりと正確に答えてくれます。優秀です!

地下鉄が使えるようになって、少しデリー滞在が便利になりました。

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2010年12月21日 (火)

ヒマラヤにて言葉について雑談

スワミジの学校がある地方は、ヒマラヤ山脈の中のガルワリ地方というところです。

言語はガルワリ(ガルワール)語。

学校の授業が終わって放課後、校庭でスクールバスを待つ子供らと雑談しました。

学校の前の道は、ふもとの町ウッタルカシから聖地ガンゴトリへと向かう一本道で、
谷筋に沿って細い道路が続いています。
その道路脇の山腹に、村々があるわけです。
スクールバスは一台しかないので、まずは北の方の子供らが先に乗って帰って行って、
戻ってきたバスに南に向かう子供らが乗って帰ります。
デコボコ道なので毎日2時間くらい待ってる子たちがいるのです。
歩いたら30分くらいの集落に住む子も、バスを待っています。
日本の田舎だったら、余裕で歩く距離だと思うんだけど・・・。
「歩いた方が早いのでは?」先生たちに聞いたら、「遠い」って。
山の子たちなのに、意外と歩かない?
確かに道路は崖っぷちだし、小さい子が落ちたら大変だけれど。

さて、犬のボレ君と共に放課後のバス待ちの子たちのことろに遊びに行ってみました。

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だれからも恐れられていたドーベルマンのクリシュ君(涙)とは違って、
子供からも大人気のボレ。
子供が目の前でどんなに騒ごうが、
尻尾をつかまれようがたたかれようが、
さらには背中に乗られてもケロっとしてます。
まだ1歳にもなっていないのに、すごい落ち着き。

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いやいや、ここは犬の話じゃなくて、子供らと雑談した話。。。

このガルワリ地方の言語はガルワリ語ですが、
インドには各地に数えきれないくらい言語がありまして、
紙幣に印刷されているだけ言葉でも10いくつ!
言語自体は800とか1600とかいろいろ言われます。
で、インドの公用語としてはヒンディがあるわけですが、
かといってインド人なら誰でも通じるわけではありません。
ネットで見たら、全体の30%がヒンディを解するとかなんとか。少ないな。

南インドにはヒンディを話さない人も多く、
インド人同士でも英語で話しているところ、
または英語とヒンディをとり混ぜて話しているところをしょっちゅう見かけます。
スワミジはベンガル人ですが、ベンガル人同士なのにヒンディで話してることもあるし、
そうかと思ったらバングラ(ベンガル)語しか話せない人もいたりして、
ほんとに多言語国家です。

学校の子供たちで見ると、低学年の子はまだ英語がわかりませんが、
高学年になると、かなり英語が話せたりします。
学校の授業はヒンディで行われているそうなので、
ということはガルワリ語とヒンディ語と英語のトリリンガル?!

そこで、ウチでは何語で話してるの?と聞いてみました。
そしたら意外なことに、ヒンディ語という子が多勢でした。
そしてなんと、ガルワリ語が話せないという子もたくさん。
両親も話せないそうです。
ガルワリ語は消えゆく言語なの?と聞いてみたけど、
あまり要領を得ませんでした。
まあこの地域自体、昔から大勢人の住んでいた地域ではないようで、
他所から移ってきたり、もっと山奥から降りてきたりと、
ほんとの地元の人ばかりではないということもあるのかもしれません。

そういえば、スワミジが10数年前に荷物も何も持たずにこの地にやって来たとき、
近くの集落には茶店が一軒あるだけだったそうです。
今では道端のあちこちに、茶店どころかゲストハウスやホテル、
レストラン(というか食堂)に商店と、賑やかになっています。

その後、一人で小さな小屋に住んでいたスワミジのところに、
近所の子供が勉強を習いに来はじめ、
そのうち人数が増えたので部屋を作り、
お母さんたちの中で教育のあった人に手伝ってもらうようになり・・・
というのがスワミジの学校の始まりだそうです。
その後どんどん生徒が増え、
3年前には場所を移して、今の学校になりました。

言葉に話を戻して、わたしの超片言のヒンディ、
なんと知らない間にベンガルなまりになってることが判明。
スワミジが話しているヒンディの単語を耳から覚えてしまって、
スワミジのベンガル訛りがうつったらしいです。
部分的に、「ア」が「オ」に変化するらしく・・・
たとえば、ナラヤナ神さまが、ナラヨノ神さまとなったりするようです。
じゃあわたしがいつもサンダルをチョップルと言ってたのは???
チャッパルとかだったりするのかしら?
ついでにバングラ語でもかなり方言を話すランババ、
バングラで「元気ですか?」を意味する「カモナチェン」とかいう言葉を、
「カモナッッチェイーン」とかなり粘って言ってます。
これも癖になってしまいました。

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2010年12月20日 (月)

ヒマラヤの学校2010

1年ぶりの学校は、生徒も先生も少し入れ替わり、
新しいスタッフが増えたりして、相変わらずにぎやかでした。

ヒマラヤ滞在初日の朝礼です。

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わたしが行く前にダンス・コンペティションをしたとかで、
この日は、その表彰式をしていました。
商品はサインペン一本ずつ♪

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優勝したチームのパフォーマンスです。
コンペでは、ちゃんと衣装を着てメイクもしていたそうです。
ここガルワリ地方の特産品(?)、ガルワリ民謡とダンスです。
かなり素朴な感じの歌と踊り。

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スワミジも楽しそうに見物しておられました。
そして・・・

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この日、なぜか遅刻してきた3人兄弟。
学校の門へ続く道の途中でもじもじしているところをスワミジに発見され、
手招きされましたがなかなか入ってこず。
スワミジに何度も促されてやっと入ってきました。

スワミジの前に来たら3人とも涙ぐんでます。
スワミジは決して大きな声も出さないし、絶対たたいたりもしません。
人が怒ったり罵ったりしてるのを見るだけでもイヤなスワミジ、
子供たちにもいつも優しいんですが・・・・
静かに「何で遅れたの?」と聞いてるだけなのに、
耳をつかんでインド風「ゴメンナサイのポーズ」で泣いて返事もできません。
まわりにいた大人は全員、笑いをこらえるのに必死でした。

ヒマラヤは空は抜けるように青い空でした。

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昼間は汗ばむくらいなのですが、朝夕はものすごく寒くて・・・
でも昼間のこの青空ですからね、
夜の星空がどんなか、想像できるでしょう?

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2010年12月19日 (日)

インドから帰国

間が空いてしまいましたが、ちょっと(だいぶ)前に帰国しました!
今パソコンのある部屋がものすごく寒いんですよね~。それに暗いし。
というのが、このところ日記を書かない言い訳です。

ではぼちぼちとインド旅行記。
ここのところ、今年開催されたデリーでのコモンウェルスゲームのため、
デリー市内はあちこち工事中でしたが、
今回とうとう新しい空港が稼働していました。

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これは空港の外側の廊下部分。
これだけでもずいぶん豪華になったのがわかります。
・・中の写真は撮るのを忘れた。
ともかく、出発ロビーだけでなく、到着ロビーにも免税店がありました。
イミグレでパスポートチェックを受けているその向こうに、
免税品がズラリと並んでいて、ちょっと不思議だった。

デリー市内には海外のコーヒーチェーンもあちこちにできてます。
「コーヒービーン&ティーリーフ」では、
ヴィトンのバッグなどブランド物を身に付けた若い人たちがお茶してました。

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ここはアメリカのチェーンかな。
この店でお茶飲んでケーキ食べたら、500円くらいかかったりします。
ほかにUKチェーンのコスタコーヒー、インド発のバリスタなんかもあります。
カプチーノやカフェラテ、マキアートもあり、
ケーキもいろんな種類があります。
けっこう美味しいです。

道路ではベンツやアウディ、BMW、レクサスもいっぱい走ってるし、
それどころかワーゲンゴルフとか、ポロとかまで見るようになりました。
一方日給数百円のために一日中働きに働く労働者が当たり前に混在しています。
すごい貧富の差です・・・。

ともかく、活気のある都会は刺激的で面白いですが、
このめまぐるしい変化の中、心を落ち着けて暮らすのは難しいかも。

ヒマラヤに着いたら、ヒマラヤ犬ボレナート君のお出迎え。

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定位置のベンチとテーブルの隙間に寝転がっています。

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えらくおっとりした犬でした。

あ、りりしい顔もできます。ハンサムだと村で評判だそうです。

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出かける前にバンマッカン(バタートースト)の話を書いていましたが、
今回このバンマッカンを道端の店で食べて当たりました。
バターがイッてたらしいです。
もう二度と食べません・・・。

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2010年4月 1日 (木)

インド旅行記6 ヒマラヤコンサート

さて、突然時間が戻ってインド旅行記の続きです。

続きというか、ポツンポツンと思いだしたことを書いています。

わたしたちがヒマラヤまで訪ねて行ったスワミ・チェータン師は、
ヒンドゥのお坊様でありますが、
「坊さん」と聞いて思い浮かぶようなおじいさんな感じではなく、
まだ30代と若いこともあり、新しいタイプのお坊さんと言えるでしょう。
こちらの方の日記に書かれている説明が、うまく表現しているなあ、と思います。
http://www.gallery-rin.com/blog/archives/2009/05/post_24.html

スワミジは学生時代に芸術を学んでいたので、
そしてインド古典楽器のタブラ奏者でもあるため、
普段ならアシュラムにはあまり縁がなさそうな芸術家・音楽家の方々が、
ゲストとしてやってこられることも多いです。

日本からわたしたちがスワミジを訪ねて行ったときに、
「スーフィーの歌手」であるというスワミジのお知り合いが訪ねてこられて、
急きょアシュラムの小さなホールでコンサートを開くことになりました。

Music

右に座るスーフィー・シンガーの男性の歌に合わせて、
即興でスワミジのタブラがたたかれます。
心が少し乱されてぞくぞくとするような、
とても抒情的な音楽でした。

ところでスーフィーというのが何であるか、
わたしは知らなかったのですが、
ちょっと調べると、スーフィズムというイスラムの神秘主義の一派であると書かれています。
でも、スワミジに聞いてみたら、イスラムだけのものじゃないよ、とのこと。
歌っている人もカシミールのヒンドゥです。
スーフィーの音楽は、神さまに近づき、神を感じるために、
ひたすら神に関することを歌っているもののようです。

なんだかインドのいろんなものを、
身近に見せていただく機会に恵まれるのですが、
わたしはそれのなんたるかをまったく知らず、
ただスーフィーを音楽として、肌で感じるだけ。
ラムナムを、バウルを、空気のように肌で感じて、
でもその理屈というものを知らずにいます。

これはこれで、幸せかもしれない。
だれかに聞かれたときに説明できないのは困るけど・・・。

ところで、このコンサート、どこでどうやってそうなったのか、
地元ウッタルカシのテレビ局が取材にやってきました。
聴衆はアシュラムのスワミ達3人+わたしたち日本人の小さなグループだけ。
コンサートの合間に、取材班からのインタビューが始りました。
まずはスーフィー・シンガーさん。
そのあとに、タブラを演奏していたスワミジ。
そして毎度ながらのいやな予感・・・
わたしにもカメラに向かって意見を言えと。
意見なんかありませんよー!

しかもその時、わたしは鼻カゼをひいており、
くしゃみと鼻水でズールズルでした。
話をしようにもその合間に鼻ミズが・・・汚い話ですみません。
とにかくずっとタオルで鼻を押さえている状態だったのをいいことに、
旅仲間で英語が達者なKさんにその仕事を押し付けました!
だまって引き受けてくださったKさんに、感謝感激です。

人前に立つのが大の苦手ですが、
その苦手は克服しなければならん!とばかり、
スワミジは機会を見つけては、わたしを大勢の人の前に立たせます。
ホントはもっと子供のときに訓練するべきだったそうです。
なにか人に伝えられるようなものを自分の中に持っていても、
マイクの前に立ったら上がってしまって何も言えないようでは、
伝わるものも伝わらなくなります。

そんな理由もあり、ヒマラヤの学校では、
子供たちが日替わりで、朝礼のときにマイクの前に立ち、
クイズを出したり発表をしたりします。
こういうのは「慣れ」だそうです。

Gakkou4_2

Gakkou5

いつかわたしは、平気で人前に立てるようになるのかな。
生徒たちが、少しうらやましい。

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2010年3月 2日 (火)

ヒマラヤの旅6 サヨナラクリシュ君

ドーベルマンのクリシュ君。
2009年の12月のわたしのヒマラヤに滞在中に、
クリシュ君は生れ故郷のハリドワールに帰ることになりました。
いろんな事情が重なって、ハリドワールに行かなきゃいけなくなったんです。
突然の別れにわたしは泣きに泣きましたが、クリシュ君は案外ケロリ・・・
ウキウキ(してるように見えた)でトラックに乗せられて、
おやつ をいっぱいもらって大興奮で旅に出ていきました。涙。

Kurish

お別れの前日、わたしから一時も離れないクリシュ君。
頭を撫でる手を止めると、こっちをじっと見つめます。

Krish2

甘えてすり寄ってきます。
毎日クリシュ君にご飯を上げていた老スワミのランババの目にも涙。
ハリドワールでは幸せに暮らしているそうです。

さて、日本にいると、滅多に動物が自分の意志で好きなように動いているところを見ることがありません。
インドにいると犬、牛、ラバ、猿などなど、自由にうろついてるのをあちこちで見かけます。もちろんつながれていたり仕事をさせられているときもあるけれど、ずっとつながれたままの動物なんてあんまりいないと思います。

ヒマラヤのアシュラムにいたドーベルマンのクリシュ君は、つながれていなかったけど決して敷地から出ていこうとしませんでした。
出てもアシュラムが見えるところまでしか行きません。
一人でお散歩するのはお好きじゃないのね。

そのかわり、敷地内に入り込んでくる動物(人間も含めて)にはものすごく警戒していました。近づくものすべてを威嚇するので、猿や牛どころか、小鳥もアシュラムに近づきません。
アシュラム内は、クリシュ君の検問を受けずには誰も入ってくることがなかったので、ある意味完全な安全地帯でした。

それなのに、クリシュ君の旅立ちの前日、突然サルがアシュラムに近づき、塀の上に座り始めました。まるでクリシュ君がいなくなるのを知ってるみたいです。

それから、数か月に一度ふらっとクリシュ君に会いに来る白い野良犬が、この日突然やってきました。
この犬は体は小さいけれど、でかいクリシュ君を完全に支配下に置いています。クリシュ君は一生懸命体を伏せて、遊んで♪とお願いしているけれど、完全無視。

Krish3

堂々とクリシュ君のお皿から水を飲み、おもちゃを取り上げてかじります。
他の動物には強気なクリシュ君がなぜかこの犬には弱腰。
ちっちゃいのに、高いところに立ってクリシュ君を見下ろします。
これを見てると、上下関係っていうのは体の大小や腕力じゃなくて、
「気力」なんだなあ!って実感します。

Krish4

突然やってきたこの犬も、クリシュ君にお別れを言いに来たとしか思えませんでした。
動物って案外いろんなことを理解してるのかもなあ。

 

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2006年4月18日 (火)

インド小話

Cimg2012  インドに行って不思議に思ったことの一つ。日本から来た・・・というと多くの人が口にするのが、「ヒロシマ、ナガサキ」でした。インドの人にとって日本と言えば、東京より大阪よりも、広島と長崎らしい。大阪なんて聞いたこともないみたいです。学校で、第二次世界大戦の時に、アメリカが広島と長崎に原子爆弾を落としたことを習うのでしょうね。それから、日本が戦後に復興して経済大国になったことに、とっても感じるところがあるらしく、「日本はすごい、日本人は働き者だ」と言われます。概して、インドの人の日本に対する感情は、前向きなものが多いように思いました。

 インドはこの10年、ものすごい勢いで変化しています。もともとインド女性は、ほとんどが民族衣装といえるサリーか、パンジャビドレスを着ています。でもデリーでは、西洋的な服装をして街を闊歩する若者も多くいました。

 インドの人たちが笑いながら冗談を言うには、「アメリカは戦争の時に日本に原子爆弾を落としてあっという間に国を破壊した。戦後はゆっくりと効果が出る爆弾を日本の文化に仕掛けて、日本の伝統文化は破壊された。インドにも爆弾を仕掛けようとしているけれど、インド人はしたたかだから、何千年も続いた文化は破壊できない。インドは大丈夫だ。」

ヒマラヤの山の中で、日本のことがそんなふうに話されているのを聞いて、なんだかおかしくなると同時に、たしかにしたたかそうだわ、と感心。

 インドは、この経済成長でどんなふうに変わっていくのでしょうか・・・。コカコーラやスズキの車が街にあふれ、ジーンズにサングラスの若者が、ピカピカのコーヒーショップでお茶を飲んでいます。その脇には路上生活をする人、物乞いする子供、それから牛、牛、犬、犬、たまに象。

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2006年4月15日 (土)

インドの旅 日本帰国

 最後のデリー滞在を終え、後は飛行機に乗るばかり。空港までの道のりを、スワミジと信徒さんが送り届けてくれました。デリーの空港は、建物に入る時に航空券の提示を求められ、飛行機に乗る人以外はロビーに入ることもできません。ですから、空港の建物の脇で、お別れとなりました。

 たくさんのことを見せてもらって教えてもらって、Cimg2804まだ全然消化できていないけれど、42日間の旅を終えて、感謝の気持ち。ずっと合掌するだけで済ませていたスワミジへのご挨拶でしたが、最後の日、とうとうしゃがんで足に触って拝み、手を頭に置いてもらいました。インドの旅が終わり。

 

 帰りの飛行機の中、隣にインド人男性が座っていました。入国カードが配られ、記入していたら・・・隣の男性のところに、別のインド人のおじさんが来て、一生懸命何かを尋ねています。隣の男性は困った顔。そして言ったのは・・・英語で「ごめんなさい、ヒンディ語がわからないんです。ぼくは南インドの出身で、南インドの方言と、英語しかわからない」。でも英語がわからないそのおじさんは、さらに何かヒンディ後で話しかけます。とうとうわたしがインド人の乗務員を呼んで、おじさんに入国カードの書き方を説明してもらいました。

そう、不思議なことに南インドでは、インドの公用語であるヒンディ語を話さない人が多いのです。インドでは、地方によってさまざまな言語が話されており、ヒンディ語か英語を話さないと、別の地方出身者の人と会話をすることができません。南インドには「ヒンディ語はインドを代表する言葉じゃない!」という、アーリア系、北インドの言葉が公用語になることへの反感があるようですが、それを言うなら英語はもっとインドの言葉ではないのでは・・・。それよりなにより、不便やん!インド人同士で会話できないなんて。

島国日本では、国境とか民族とか、あんまりピンと来ない話で、これが当たり前のような感覚ですが、大陸に行くと、言語やら民族やらが交じり合っていて、歩いて国境を越えることができたり、ヨーロッパなんて出入国のチェックもなくていつの間にやら隣の国に入っていたり。不思議です。

隣のインド人男性は、日本で気象の研究所のお仕事をしているそう。雲やら台風やら、お天気に詳しかった。日本の研究所で気象を研究しているインド人。いろんなところで、インドの人が働いていますね。

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