2006年4月18日 (火)

インド小話

Cimg2012  インドに行って不思議に思ったことの一つ。日本から来た・・・というと多くの人が口にするのが、「ヒロシマ、ナガサキ」でした。インドの人にとって日本と言えば、東京より大阪よりも、広島と長崎らしい。大阪なんて聞いたこともないみたいです。学校で、第二次世界大戦の時に、アメリカが広島と長崎に原子爆弾を落としたことを習うのでしょうね。それから、日本が戦後に復興して経済大国になったことに、とっても感じるところがあるらしく、「日本はすごい、日本人は働き者だ」と言われます。概して、インドの人の日本に対する感情は、前向きなものが多いように思いました。

 インドはこの10年、ものすごい勢いで変化しています。もともとインド女性は、ほとんどが民族衣装といえるサリーか、パンジャビドレスを着ています。でもデリーでは、西洋的な服装をして街を闊歩する若者も多くいました。

 インドの人たちが笑いながら冗談を言うには、「アメリカは戦争の時に日本に原子爆弾を落としてあっという間に国を破壊した。戦後はゆっくりと効果が出る爆弾を日本の文化に仕掛けて、日本の伝統文化は破壊された。インドにも爆弾を仕掛けようとしているけれど、インド人はしたたかだから、何千年も続いた文化は破壊できない。インドは大丈夫だ。」

ヒマラヤの山の中で、日本のことがそんなふうに話されているのを聞いて、なんだかおかしくなると同時に、たしかにしたたかそうだわ、と感心。

 インドは、この経済成長でどんなふうに変わっていくのでしょうか・・・。コカコーラやスズキの車が街にあふれ、ジーンズにサングラスの若者が、ピカピカのコーヒーショップでお茶を飲んでいます。その脇には路上生活をする人、物乞いする子供、それから牛、牛、犬、犬、たまに象。

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2006年4月15日 (土)

インドの旅 日本帰国

 最後のデリー滞在を終え、後は飛行機に乗るばかり。空港までの道のりを、スワミジと信徒さんが送り届けてくれました。デリーの空港は、建物に入る時に航空券の提示を求められ、飛行機に乗る人以外はロビーに入ることもできません。ですから、空港の建物の脇で、お別れとなりました。

 たくさんのことを見せてもらって教えてもらって、Cimg2804まだ全然消化できていないけれど、42日間の旅を終えて、感謝の気持ち。ずっと合掌するだけで済ませていたスワミジへのご挨拶でしたが、最後の日、とうとうしゃがんで足に触って拝み、手を頭に置いてもらいました。インドの旅が終わり。

 

 帰りの飛行機の中、隣にインド人男性が座っていました。入国カードが配られ、記入していたら・・・隣の男性のところに、別のインド人のおじさんが来て、一生懸命何かを尋ねています。隣の男性は困った顔。そして言ったのは・・・英語で「ごめんなさい、ヒンディ語がわからないんです。ぼくは南インドの出身で、南インドの方言と、英語しかわからない」。でも英語がわからないそのおじさんは、さらに何かヒンディ後で話しかけます。とうとうわたしがインド人の乗務員を呼んで、おじさんに入国カードの書き方を説明してもらいました。

そう、不思議なことに南インドでは、インドの公用語であるヒンディ語を話さない人が多いのです。インドでは、地方によってさまざまな言語が話されており、ヒンディ語か英語を話さないと、別の地方出身者の人と会話をすることができません。南インドには「ヒンディ語はインドを代表する言葉じゃない!」という、アーリア系、北インドの言葉が公用語になることへの反感があるようですが、それを言うなら英語はもっとインドの言葉ではないのでは・・・。それよりなにより、不便やん!インド人同士で会話できないなんて。

島国日本では、国境とか民族とか、あんまりピンと来ない話で、これが当たり前のような感覚ですが、大陸に行くと、言語やら民族やらが交じり合っていて、歩いて国境を越えることができたり、ヨーロッパなんて出入国のチェックもなくていつの間にやら隣の国に入っていたり。不思議です。

隣のインド人男性は、日本で気象の研究所のお仕事をしているそう。雲やら台風やら、お天気に詳しかった。日本の研究所で気象を研究しているインド人。いろんなところで、インドの人が働いていますね。

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2006年4月11日 (火)

インドの旅 最後のデリーでお買い物

Cimg1538  今回の旅の最初にデリーに来た時に一緒に少し過ごしたインド人女性の友人とわたしは、日本に帰る前にデリーでお買い物をする約束をしていました。ゴホゴホ咳をして鼻水をすすりながらのショッピング。

 彼女は、外資系の保険会社で働くキャリア・ウーマンで、わたしがこの長い旅の間に話をした唯一の、ヒンズー教と関係なくて、宗教関係者でもない人物でした。

 旅のはじめにデリーで話した時に、宗教心のないわたしが、お坊さまと長期旅行をすることを心配してくれて、いろいろとアドバイスしてくれていた彼女は、長い旅を終えたわたしを、デリーのショッピングセンターに連れて行って、バリスタというインド版スタバのようなところでコーヒーをご馳走してくれました。「ずっとアシュラムにいたから、こういうところは落ち着くでしょ?」と気遣ってくれる彼女。ブティックや、レストランに行って、あれこれ買い物し、普通の食事を食べました。

Cimg1514  でも、わたしは、旅の始まりの頃と違って、すっかりこういう普通の生活になじめなくなっていました。みんなが好き勝手に注文して、バラバラのものをわいわいと食べているレストランで、とても落ち着かなくて、アシュラムの、あの静かで、質素だけれど清潔な食事に比べると、何とも味気ないものに思えてしまいます。買い物をしようとしても、「わたし何をしてるんだろ?」と考えてしまい、たくさんあるモノを見るのがしんどくてなかなかお土産を選ぶことができませんでした。何とか買い物をすませて、彼女を抱きしめて別れを言って、宿泊していたアシュラムに帰ってきたら、とっても静かでほっとして、ずっとここにいたい、と思うようになっていました。最初来たときには、「わたしとは全然ちがう人たちの集まりだなあ・・・」と戸惑うばかりだったのに。

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2006年4月 9日 (日)

インドの旅 もうそろそろ終わり

 何となく尻切れトンボになっているインド旅行記ですが、南インドから、また列車に乗ってデリーまで帰ってくる予定だったわたしは、2泊3日の2等列車旅行に耐える体力が残っていないからと、スワミジにお願いして国内線の飛行機のチケットを手配してもらいました。じっさいもう、かなり疲れがたまっていて、あのせまい車内で丸3日を過ごしたら、日本まで帰る体力がなくなりそうでした。

Cimg2832 しかし!国内線の飛行機に乗るのもなかなか体力が必要でした。サハラ・エアのチェンナイ発デリー行きは、出発時間を過ぎても待てど暮らせどやってこず、ちょうど夕食時で、飛行機の中で食べるからと何も食べ物を用意してなかったわたしは、腹ペコになり、だんだん不機嫌に。売店で買おうにも何もなく、不機嫌な顔でロビーをうろついて時計と掲示板を交互に見ていたら、空港職員らしきお兄さんに「マダム?」と声をかけられました。「おなかがすいてるの?」とこっそり手招きされ、カウンターの中に行くと、「他のお客には内緒だよ」と、サンドイッチとマフィンを乗せた紙皿が出てきました。「うわー、ほんとにありがとう!」と叫んで、「これ、ベジタリアンよね?卵も使ってないよね?」と念を押して、スワミジのところへ持って行きました。スワミジは「どこから持ってきたの?」と驚いていましたが、とにかく半分ずつに分けてありがたくいただきました。おなかが落ち着いてみると、なぜお兄さんがわたしに食べ物をくれたのか、すごく不思議。そんなにひもじそうな顔してたんだろうか?

 飛行機はけっきょく遅れに遅れ、4時間ほど待たされて、やっとデリーに着いたのは夜中の1時。こんな時間にアシュラムに行って、門を開けてもらえるのかと心配したけれど、ちゃんと門番の男の子が開けてくれました。でも南インドに行く前にこのアシュラムに冬用の衣類を全部預けていたわたしは、朝にオフィスが開くまでの一晩を夏の服のまま、零下になっているデリーで過ごすはめになり、せっかく体力温存のために出費して飛行機に乗ったのに、けっきょく大風邪を引きました。

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2006年4月 5日 (水)

インドの旅 スワミジのお仕事

Cimg2164  インド旅行中お世話になったラーマ・スワミジに連れられ、リシュケシュである家庭を訪ねました。お母さんと、中学生と高校生の娘さん二人。小さな家で、暮らしています。お父さんが亡くなり、路頭に迷っていた親子に、スワミジがこの家を買ってちゃんとした生活ができるように世話をしているそうです。

 小さなキッチンとベッドルームしかないおうちで、わたしたち来客を全員ベッドの上に座らせて、お茶とお菓子でもてなしてくれました。お母さんと娘さんたちは立ったまま。

 お茶を飲みながら、ラーマ・スワミジがお話をされます。最近親子喧嘩をした、と聞いて、その原因がなんだったか、どうしてそんなことになったかと問いただし、そしてお母さんと娘さんたちの言い分を聞き、それぞれにお説教。みんな神妙な顔をして聞いています。最後には三人に握手をさせてニコニコ。

 ラーマ・スワミジこの家族だけでなく、いくつもの家族、特にお父さんがなくなって生活が困窮した家族を、こうやって世話されているそうです。そして度々訪ねては、みんなをお父さんのように叱っています。お説教をするだけでなく、実際に現実的な援助をして、地域の人々のために働いています。カルマ・ヨガです。カルマ・ヨガが何なのか、何も知らないわたしも今ではわかるようになりました。 

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2006年3月16日 (木)

インドの旅 長い旅

 南インドで滞在したラマナ・アシュラムでとっても会いたかった人に会うことができました。これがまた不思議なのです。

 インドに旅立つ前、スワミジからヒマラヤに仙人みたいな人がいるぞ、と聞かされていました。ぼろぼろの服を着て乞食のように見えるおじいさんで、いつ見ても本を読んでる。歩きながらも読んでいて、しかも中身を全部覚えている。人の名前やなんかも1回で覚えるし何を聞いても答えてくれるし、何だって知ってるすごい人だけど、でも洞穴みたいな家に住んでいて、乞食にしか見えないんだ、と言います。

CIMG2037   行く前から「インドの山奥で~♪」などと歌っていたわたしは、そのおじいさんの存在にロマンを感じ、ぜひとも会って話したい!と思っていました。でもいざヒマラヤに行ってみたらそんな人はいなくて、スワミジは「5日前にどこかへ行った。」と言うのです。「あれは作り話か・・・?」と疑ってました。

 ところが、です。ヒマラヤから長い旅をして、たまたま連れてこられた南インドのアシュラムで、その人に会えたのです。スワミジたちが白髭のおじいさんと「おお~」などと言って楽しそうに話し始めたなーと思ってたら、「これが前にヒマラヤにいた仙人みたいな人。急にいなくなったと思ったら、ここにいたんだねえ。」とスワミジ。

 その後、アシュラムのそばに20年以上住んでおられるという日本人の方に話を聞くと、なんとそのおじいさんは、10数年前に、突然このアシュラムからいなくなったそうです。そして数日前、突然白髪になって帰って来られて驚いたのだそうです。スワミジによると、そのおじいさんはヒマラヤに8年くらいいたとか。じゃあ、10数年前にアシュラムを旅立って、ヒマラヤに滞在し、長い旅の後また帰ってきた? 

P1010126ご本人とお話しすると、とっても流暢で訛りのない英語で、「最近は体が弱ってきて、もう老い先も長くないようだから、自分のいるべき場所に帰って来たんだよ。」とおっしゃいます。「帰ってきた」ということは、どうもこのアシュラム出身の人らしい。お坊さんなのか?

なんかよくわからんけど、インドっぽいなあ・・・。

ちなみにスワミジが言ってたような「乞食みたい」には見えなかったのですが、「ヒマラヤでは寒いから持ってる服を全部着ていて、きっと何年も着替えをしてなかったんだろうね。ここは暖かいから洗濯したんでしょ。」というスワミジの見解でした。 

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2006年3月10日 (金)

インドの旅 南インドのアシュラムにて3

CIMG2667  南インドで滞在したこのアシュラムでは、朝ごはん昼ごはん、お茶そして晩ごはんの時間があります。わたしはこの食事の時間がとても好きでした。こんなに穏やかな気持ちで食事ができることってあまりない、と思いました。別に普段、落ち着かない気持ちで食事をしているわけではありません。でもこのアシュラムの食事は、特別でした。

 食事時間は決められていて、時間厳守で食堂に行きます。座るとバナナの葉っぱとステンレスのコップが置かれ、バケツからどんどんとゴハンやおかずが配られます。野菜の煮物やダル(豆のスープ)、それにピクルスやらフルーツのサラダもあって、どれもこれもすごく味付けが穏やかで、優しい味なのです。そして、もうちょっと欲しいな・・・と思ってると、以心伝心のように適量のおかわりを注いでくれる。食べ過ぎることもなく、足りないこともなく、毎回すごく満足してホカホカしたような気持ちで食事を終えます。

 食事の合間には、メディテーション・ホールに行って瞑想したり、図書館で本を読んだり、村をぶらついたりして過ごしました。「1日自由行動」と言われたものの、やっぱりスワミジの元に戻り(やることがなかった?)、一緒にこのアシュラムの前会長であるという老スワミジのお部屋を訪ねました。

P1010107 体調を崩している老スワミジの小さな部屋の前には、3人の司祭たちが座り、番をしていました。わたしたちが行くと彼らはドアを開けてくれ、中に入ると、木のベッドに老スワミジが横たわっておられましたが、ヒマラヤからの二人のスワミジを見てゆっくりと起き上がられました。久しぶりの再会にとっても喜んでおられる様子。スワミジが、わたしに「老スワミジの足に触れなさい。」と言って、わたしをスワミジの前にひざまづかせて、頭を足につけさせました。老スワミジは両手をわたしの頭に置いて、何かを言われました。

 あんなに反感を持っていたスワミジの足に頭をつける動作。何も考えずに自然にできました。頭に老スワミジの手を柔らかく感じて、なんだかこちらがいたわられてるような思いでした。小さい部屋の中で、オレンジ色の僧服を着た三人のスワミジたちに囲まれて、大人に守られている子供のような安心感です。

スワミジはよくわたしに「神様を信じられないなら信じなくていい。でも、先祖でも先生でも隣の人でもいいから、自分よりもっと大きな存在を敬うことが大切なんだよ。毎日誰か、何かを信頼して敬い、敬虔な気持ちで過ごすことを知りなさい。」と言います。少しだけわかるような気がしてきました。

ラマナアシュラムについては、http://www.geocities.jp/ramana_mahaananda/シリウスさんのHPをご覧くださいね。

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2006年3月 9日 (木)

インドの旅 南インドのアシュラムにて2

 南インドにあるアシュラムについた日の夜、スワミジから「明日は1日、好きな時間に起きて好きなように過ごしなさい。」と言われました。なんと!インドに来てから初めての自由時間なのです。

P1010117_1  アシュラムのプログラムは朝6時からプジャ、7時から朝食と書かれていました。わたしは5時半に起きてシャワーを浴び、早速一人で歩いてアシュラムの本館に向かいました。門のところでサンダルを脱ぎ、あとはずっと裸足で過ごします。アシュラムの広い庭には、孔雀がゆったりと歩いています。このアシュラムはうろうろ歩いてみてもどうも全体像がはっきりしません。大勢人がいるけど、さほど建物が大きなわけでもなくシンプルなつくりで、どこがアシュラムの中心部分なのかよくわからない・・。とりあえず寺の部分に入ってプジャを見学。そのあと、食堂がどこにあるのかわからずぼんやりしていると、すぐさま初老のご婦人から「どうしたの?朝ごはんは食べたのかしら?」と声をかけられました。「昨日の夜に到着して、どこに行ったらいいのかわからなくて・・・」と言うと、食堂まで案内してくださいました。ここもオリッサ州のアシュラムに負けず劣らず平和な空気が流れています。

P1010136_1  大きな食堂では床に大勢の人が並んで座り、すでに朝食が始まっていました。「ここに座って待っていなさい。心配しなくてもだれかが面倒見てくれるから。」と言われ、わたしも列の一番すみに座ると、目の前に青々したバナナの葉っぱとステンレスのコップが運ばれてきます。 その上にイドリという米粉の蒸しパンのようなものとカレー、ココナツ味のサラダのようなものがバケツからドサっと支給されます。おそるおそる、食べ始めてみると、何ともおいしい・・・。優しい味。そして、大勢の人が一つの部屋にいるのに静かなのです。寂しい静かさじゃなくて、なんだか、そこにいる人がみんな満足してとても落ち着いている感じ。わたし自身が、満たされた気持ちでこのおいしい朝ごはんを食べているのと同じように、そこにいる人がみんな満たされている雰囲気でした。最後にコップには熱い牛乳がなみなみと注がれました。

 朝ごはんのあと、何となくまた寺院の部分に戻り、メイン・ホールでほかの人に混じってじっと座り、静かな朝を過ごしました。あとでそのホールが、このアシュラムを作ったラマナ・マハリシのサマーディ、お墓であることを知りました。

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2006年3月 5日 (日)

インドの旅 南インドのアシュラムにて1

P1010089  ポンディチェリでは、アウロビンド・アシュラムに泊まる予定だったのですが、急きょ変更して夕方に車に乗って移動をし始めました。変更して、と言ってもわたしは予定が変更されたことも知らず、どこに行くのかわからないままスワミジの信徒さんから借りた軽自動車に五人でギュウギュウ詰めで走り始めました。途中お菓子を買い与えられたりしながら(子供みたい)どんどん走っていくうちに暗くなり、夜の7時を過ぎてやっとどこかに到着。車から降りると、そこは大きな学校つきのアシュラムで、ぽっちゃりニコニコしたなんとも福福しいスワミジ(お坊さま)がお出迎えしてくれました。旅に加わっていたインド人信徒さんたちの目的地が、このアシュラムだったようです。

アシュラム内のお寺に行き、福々しいスワミジと司祭さんたちにアルティ(歓迎の儀式)をしてもらいました。それから、そこで運営されている学校を見学。とても大きな学校でしたが、寄付金だけでまかなわれているそうです。

この福々しいスワミジは「予言をする人」と呼ばれていて、人の未来を読むことができるとか・・・わたしは読んでもらいませんでしたが。次の日、信徒さんたちはこの寺院を再訪して、プジャと言われる儀式を三時間にわたってしてもらったそうです。 

P1010095  もう夜だし、今晩はこのアシュラムで泊まるのかな・・・と思っていたのに、また車にギュウギュウ詰めになって移動を始めました。「晩ご飯はどうなるのかなあ・・・腹ペコだ~」と心配になってきた頃、スワミジたちが「今からある聖人が作ったアシュラムに行くんだよ。」と説明してくれました。「その人は少年時代に死の恐怖を乗り越えて悟りを開き、山にこもって瞑想を始め、そして偉大な聖人になってアシュラムを作った。そのアシュラムを訪ねて、もしそこの人たちが、『スワミジ、どうぞ今晩お泊まりください』と言ったらそこで寝ることになる。」

「・・・そうならなかったらどこで寝るんです?」などという言葉は心の中だけで独り言にして、「はい」とうなずきます。

 9時をまわって、とうとうアシュラムにたどり着きました。真っ暗でよくわからないけれど大きなアシュラム。事務所にスワミジたちが入っていき、すぐに男性を伴って出てこられました。「今日寝るところはどうなるの~?」というわたしの心配なんか何の意味もなく、あっさりとアシュラムの外にある宿坊の気持ちのよい部屋をいただいて、狭い車中で凝り固まった体をほぐすことができました。そこはラマナ・アシュラムでした。

P1010005  旅の間、スワミジたちは何も説明しないので、わたしは「どうなるんだろう?」といつも不安でした。でもヒンドゥ教国インドでお寺を回って旅するのに、お坊さんと一緒にいて食いっぱぐれたりすることはありません。そういう意味では、わたしは常にありもしない災難を想像して意味もなく不安な時を過ごしていたことになります。この、現実に存在しない不安や問題を想像して悩まされる、というのは実に時間とエネルギーの無駄です。わかってるけど、わたしは心配性なのです。何かが起こる前に何とかしようとあがきます。自分では何とかならないことでも気を揉んだりするので、実際に自分が何か対処しないといけないという肝心な時に、すでに疲れきってたりします。スワミジたちは、わたしのこの性格を知っていてわざと何も知らせず、わたし自身に自覚させようとしていたのかもしれません。かといって、インドの人のようにいつも「なるようになるさ」と構えていて、何ともならないこともままあるわけですけどね。でもやっぱり無駄な心配に労力を使うのはやめよう・・・と何度も思わせてくれた旅でした。

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2006年3月 2日 (木)

インドの旅 アウロビンド・アシュラムにて

P1010068  昼間にアシュラムに到着したのですが、開門時間が決まっているらしく、ゲートのところでしばらく待たされました。待っている間通りを行く人々を見ていると、外国人が実に多い。それも観光客ではなく、慣れた様子で自転車に乗っていたりするので、おそらくここに住んでいるのでしょう。ここはスリ・アウロビンド師を慕って、世界中からスピリチュアリティを学びに人が集まってくる場所なのだそうです。

 しばらくしてわたしはスワミジたちと共にアシュラムに入れてもらい、スリ・アウロビンドのサマーディ・お墓を参らせてもらって花をお供えしました。アシュラム内部は完全な沈黙を守っているようで、大勢の人が作業をしているのにだれもひと言も口をききません。中にいる多くが女性であったことも、男性社会のインドではめずらしいことでした。

 

P1010071  ポンディチェリの町だけでなく、インドにはベジタリアン・レストランがいっぱいあります。特に聖地周辺ではアシュラムの食事のようなきちんとしたものを出すところがあってうらやましい。日本では、菜食をするのは容易ではありません。都会だったらまだいいけど、田舎では菜食を貫こうと思ったらもう外食はできません。わたしはスワミジから魚OKと言われているのでまだマシですが(っていうよりベジじゃないやんねえ)、魚も食べないとなるともう友達と食事を共にすることさえむずかしくなります。野菜料理に見えてもだしやスープに魚・肉が使われていたりするし。インドでは空港の軽食にもベジ・サンドとかベジ・バーガーがあって、レストランにはベジ・メニューがあり、菜食でいるのはとても簡単でした。

 昼食後、車でしばらく走って到着したのがアウロ村。ここは村全体がコミュニティのようになっていて、村人たちが作ったらしい手工芸品や洋服などが、村の中心にあるブティックで売られています。オーガニックの農作物も作られていて、オーガニックカフェもあります。そして広大な敷地の奥には巨大な瞑想ホールが建設中でした。今年の五月には内部に入って瞑想できるようになるそうですが、完成するのはいつになるかわからない様子。ながーい時間をかけてゆっくりと建設しているようです。

 

P1010070  アウロ村の中にあるブティックはすごく素敵で,インド風だけれどもデザインがよくて、カッコいいな・・・と思うものがいっぱい。ここで三時間くらい買い物したかった~。でも二人のお坊さま付きではそんな煩悩を満足させるのは不可能でした。スワミジたちに「何してるの?何か欲しいものがあるの?」と言われ、自分の煩悩があさましく思えて、何とも言えない気分でした。

 アウロビンド・アシュラムも、アウロ村も、こぎれいで豪華な感じで、すごくいいところだったけど、あんまりインドっぽくなくてヨーロッパ的。ちょっと違和感がありました。フランス植民地だった影響でしょうか?

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2006年2月28日 (火)

インドの旅 ポンディチェリへ

P1010039 チェンナイから移動してポンディチェリという町に行きました。ポンディチェリにはアウロビンド・アシュラムがあります。というか、町全体がアウロビンド町のようなところでした。わたしにはみんなが「アウロビンド」と言ってるように聞こえたのですが、日本に帰ってきて本などみるとみんな「オーロビンド」となっています。どっち?

イギリス植民地時代、ヒンドゥー的な慣習は、キリスト教・西洋的な価値観から批判されたそうです。カースト制や女性差別など、確かに批判されるべき部分もありますが、まあどんな社会にもいい部分悪い部分があり、また西洋的な価値観がすべて正しいわけでもないでしょう。インド人によるヒンドゥー教復興と、西洋文化に対する自らのインド文化への回帰、民族運動など、ベンガル・ルネッサンスと言われる改革は、カルカッタを中心にして起こりました。

スリ・アウロビンドさんは、19世紀におこったベンガル・ルネッサンスの中心人物の一人です。タゴール、ラーマクリシュナ、スワミ・ヴィヴェーカナンダなどもカルカッタのゆかりの人たちです。同じくカルカッタ出身のスリ・アウロビンドさんはイギリス統治時代に、抵抗運動の中イギリス政府から投獄され、当時フランス領だったポンディチェリに逃れてそこでアシュラムをつくりました。その後、弟子だったフランス人女性がアシュラムを運営し、今でも世界中から多くの人が集まっています。

P1010064  スリ・アウロビンド、ラーマクリシュナ、ラマナ・マハリシ、スワミ・ヴィヴェーカナンダなどの名前はインドに行ってから知りました。そして彼らがどういう人たちなのかは、お坊さまであるスワミジたちに少し説明してもらったものの、大部分は日本に帰ってから本を拾い読みして知りました。インドではいつも、どこに行くともわからないままスワミジたちの行くところについて行っただけで、わたしはほんとうに何も知らなかったのです。知らないままいろんなアシュラムに行き、スワミジたちが知り合いのお坊さんを訪ねてお話するのに、後ろからついて歩きました。自分の旅の目的さえよくわからなくなり、ちょっとだけスワミジたちの予定に振り回されているような気がしたこともありましたが、あとから考えたら行くべきところに連れて行ってもらっていたのに、もったいない話です。

それにしても、わたしを聖なる旅に連れて行って、スワミジたちはどう思ってたんでしょう?一度「君と話してると、勉強したくないのに、親に無理に学校に入れられてしまった生徒に教えている先生のような気分になってくるねえ。」と笑われたことがありました・・・。

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2006年2月23日 (木)

インドの旅 小話

CIMG1698 インドには牛がたくさんいます。ほんとにたくさん、路上でも高速道路の中央分離帯でも、細い路地でも、橋の上でも、寺の中でも、家の中にいても窓から牛が歩いてるのが見えたり。とにかくいっぱいいます。首輪をしていることもあるので、どうも誰かんちの牛です。ということは昼間放牧してるのか?デリーで?カルカッタで?牧草地なんかどこにもないけど・・・。

 これだけたくさん牛がいると、当然牛のウンチもたくさん落ちています。田舎に行くと、これを拾い集めてペッタンコにして乾かして、台所の火として使ったりするようです。無駄がありませんね~。

CIMG1666 わたしは注意力散漫で、歩いているとよくほやほやのウンチの中に、見事にズボっと足を突っ込むことがありました。うえっ!と叫ぶわたしに、必ずスワミジをはじめまわりにいる人が「君は運がいい。とてもいいことだ。」と言います。牛の糞を踏むのは縁起がよくて、幸運のしるしだったり悪運を落としたりする意味があるそうです。そのわりにみんなよけて歩いてるよなあ。旅の途中、裸足にサンダル履きで、牛のウンチに何度も足を突っ込んだのはわたしだけでした。みんな縁起がよくても足が臭くなるのはイヤみたい・・・。
他にもいろいろな動物。CIMG1558100_0058

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2006年2月21日 (火)

インドの旅 インド人女性

CIMG1561  インドは現代日本女性であるわたしからみると、かなり強烈な男性優位社会です。まず町を歩いているのがほとんど男性。特に地方に行けば、市場も男だらけ。見慣れるまではちょっと異様に見えます。女性は朝から晩まで台所にいて料理しているもの、それが女性の幸せだと言うのを何度も聞かされました。田舎に行けば力仕事をしているのは女性ばかり。自分の身長より高く積み上げられた薪をかついでいたり、畑を耕していたり、その上食事の支度までしているのです。男性はけっこうぶらぶらヒマそうにしてたりお茶飲んでたりしますが、女性で暇そうな人ってあまり見かけません。

CIMG1932 インドには19世紀まで、サティーといって寡婦が夫の遺体とともに生きたまま火葬されるなどの殉死の習俗があったそうです。また寡婦の再婚が認められなかったり、一夫多妻、幼児婚などの習慣もありました。でも一方でヒンドゥー教では女神を崇めるシャクティ信仰もあり、母系社会とも言われます。その辺の矛盾がすぐに理解できない、とっても複雑な宗教と社会であります。わたしに知識が足りてないだけですが・・・。

 東インドの田舎町でお世話になっていた家で、そのうちの奥さんとお話しする機会がありました。30代半ばの彼女にはもうすでに二十歳になる息子と高校生の娘がいます。いったい何歳で結婚したんだ~???その彼女に結婚についていろいろと聞いてみました。

インドではほとんどがお見合い結婚だそうです。親が相手を決めるらしい。昔の日本と同じですね。そしてお嫁さんは夫の実家に入って大家族のために家事をするのです。一見おじいちゃんおばあちゃんに子供もいて賑やかでいいように見えるんですが、やっぱり嫁姑問題は世界共通であるようです。大変です・・・と言っていました。

じっさい奥さんはホントに朝から晩までずっと台所にいて料理をしていました。おじいさん専用の老人食、学校に行く前の息子の食事、突然帰宅した夫とその友人の昼食、唐辛子が食べられないわたしのために唐辛子抜きの食事、スワミジのためにベジタリアンの食事、それが終われば後片付け・・・と延々と続きます。男性陣は「女性はこうやって台所にいるのが幸せなんだ」と言いますが、実際はどうなんでしょうか・・・。

加えて大家族、ということは舅姑だけでなく、小姑たちも大勢いるのです。夫の兄弟たちは度々食事をしていくし、家のことに口出しするし・・・。結局のところ、当然ながら男性陣の意見とは相違して、彼女は毎日の終わりのない食事の支度や夫の親族に囲まれて暮らすことに愚痴をこぼしていました。

もちろんインドも、特に都市部では状況は変わってきています。最近じゃ恋愛結婚する若者もいます。ばりばりのキャリア・ウーマンもいっぱいいます。それでもおそらく村落社会では特に、まだまだ女性の立場はかなり低いように思われます。

でも、でも、どうなんでしょう?じゃあインドの村の奥さんたちがみんな不幸なのかって言われると、それほどみんながみんな不幸そうには思えなかった。大勢で暮らすのはたしかに大変そうだけど、家族の中に誰一人孤独そうな人もいなかったのです。

今日本では、孤独にならないためには、頑張って努力して社交的でいなければいけないような気がします。自由である反面、面倒な人づきあいを避けていけば、簡単に一人ぼっちになれてしまう。大家族で暮らす苦労をお嫁さんが一身に背負うのは全然納得がいかないけれど、大家族でにぎやかに暮らすことがすごく不幸なことにも思えなかったのでした。

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2006年2月16日 (木)

インドの旅 チェンナイへ

CIMG2692  オリッサ州から列車に乗ってチェンナイへ行きました。プリーでわたしがおなかをこわしたために、外食をしなくてすむようにと気を使ってくれたスワミジの信徒さんが、お弁当を持たせてくれました。とってもおいしい野菜の煮物とカレーとパンのお弁当でした。

 列車から荷物を持って降りると、そこにはヒマラヤとハリドワールでお世話になったラーマ・スワミジがお迎えに来てくれていました。そこからチェンナイ市内の信徒さんのお宅へ。そこは小学生から高校生までの4人の子供たちがいる家庭で、奥さんがお料理をしてくれて、子供たちのうち二人が給仕をしてくれ、そしてももう二人がわたしと一緒に食事をしてくれました。

CIMG2743  チェンナイでは、スワミジたちが招待されていた結婚式に出席させていただきました。南インドの伝統的結婚式でした。1000人くらい入れそうな大きなホールで、舞台の上で花嫁と花婿と、親族たちと司祭たちが儀式をしています。朝の7時に会場に行ったときにはもう儀式は始まっていて、そのままお昼過ぎまでずっとさまざまな儀式が行われました。花嫁が父のひざの上に座ったり、花を撒いたり米を撒いたり、伝統音楽の演奏やパガヴァットギーターの朗読があったりと次々にいろいろなことが行われて興味深いのですが、お世話になっていた家族の一番下の子がまだ小学生で、2時間もたったころにはじっとしてられなくなりました。わたしのひざの上に座らせていたのですが、耳をひっぱったりしてはしゃぎ始め、わたしも「しーっ!」などと言いつつ羽交い絞めにしたりしていたらよけい騒がれ、スワミジに「静かにせんか!インド人女性は15歳を過ぎたらもう大人としてふるまっているのに、君は一体いくつなの?!」と怒られました。ガックリです。

 そういえば、インドの女の子たちはとても大人びています。インド人女性は10代になる頃から常に「母」であることを求められるようです。わたしも「マタジ(マザーの意)」なんて呼ばれていました。インド人男性たちは、女性がひたすら母であることを求め、母らしい振る舞いをする女性をほめます。インドの女性は一体どんな暮らしをしているのでしょうか?

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2006年2月12日 (日)

インドの旅 トイレ事情

CIMG2459  ところで、わたしはインド到着後、ほぼすべての食事をアシュラムまたは信徒さん宅で食べていたのですが、プリーでわたしはめずらしくアシュラム以外のところで昼食を取りました。たまたま入った安食堂で、インド風ベタ焼きのようなモノを食べたのですが、これが、食べてる最中からすでに胃がかーっとなって反応し始め、食べ終わってから数時間胃がもたれて苦しくて動けなくなり、その後は完全におなかをこわしました。わたしにはインド=下痢という感じで必ずおなかをこわすイメージがあったのですが、アシュラムでの食事は神に捧げる聖なる食物でもあるため清浄に作られており、おなかの調子が悪くなることはそれまで一度もなかったのです。

この一枚のベタ焼きのせいで、3日以上トイレに通うはめになりました。ほんとにトイレに出たり入ったり、しまいには面倒になってずっとトイレにいたり。しかしずっと部屋にこもっているわけには行きません。特にジャガンナート寺院へのお参りは欠かせなかったので、夕方に外に出かけました。しばらくトイレにこもってから「よし!」とタイミングをはかって出かけたのですが、人ごみの中でスワミジを待っている間におなかが痛くなりはじめ、汗が出てきました。どうしよう~と、ちょっとこぎれいな近くの靴屋さんに「お願いです、トイレ貸してください!」と哀れな顔をして駆け込んで見ましたが、店員さんは気の毒そうにしたものの「ダメ」と断られました。「どうしたらいい?」とさらに哀れな顔を作ってダメ押し。そして連れて行ってもらえたのが公衆トイレでした。おお~!そんな気の利いたものがあるの?とおそるおそる指差された暗い路地の奥に入っていってみました。するとそこには屋外の溝と壁のあるところで用を済ますおじさんたち。え?外トイレか?とちょっとびびりながらそのさらに奥に進むと、小さな建物があって、入口の机の前にお兄さんが二人座っています。よかった、普通の建物だ。「バスルーム・・・?」と声をかけるとドアを指差され、そこに入ってみました。中には横一列に並んだ扉。脇にはなみなみと水をためた四角いプールがあって、そこにペットボトルを半分に切ったものが浮かんでいます。

扉を開けて覗いてみるとそこはきれいに掃除されたインド式トイレでした。中には水道も貯水タンクもないようなので、外のペットボトルに水を汲んで持って入ります。用を済ますとその水で流します。水洗です。あんまり説明するとリアルになりすぎるな。

外に出て、他の人がお兄ちゃんに2ルピーを払っているのを見て、わたしも2ルピーを差し出して無事出てくることができました。

CIMG2522 スワミジが寺院から出てくるまでにそのトイレに3度もお世話になりました。でも気持ちのよい公衆トイレがあって、ホントに助かりました。インドってあまり公衆トイレがないんですよね。田舎に行くと、各家にもトイレがないらしいです。田舎をドライブ中にトイレを借りようとしてその辺の人に聞いたら「オープン・エア!」とひと言返されたことがあります。「オープンエアだから、その辺でしなさい。」とスワミジが言うので、「じゃあ、このあたりの人は、だれかがその辺でトイレしてる光景は見慣れてるのよね?だからわたしがその辺でしゃがんでても、めずらしくも何ともないからだれも見にきたりしないよね?」と期待を込めて聞いたけれど、スワミジはアッハッハと笑って「そりゃあみんな見に来るよ。日本人が小屋のかげでこそこそと何をしてるのかとみんな集まってくる。」と言います。どこまでほんとなのか・・・。

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2006年2月11日 (土)

インドの旅 ジャガンナート寺院

 プリーにあるヒンズー寺院ジャガンナート。ここに来るのは十数年前以来二度目ですが、一度目はヒンズー教徒しか内部に入れないという理由で、外から眺めただけでした。二度目はどうかな~?と思いましたがやはり例外はなく、ヒンズー教徒以外は入れてもらえませんでした。ジャガンナート寺院には目玉がギョロンとした三人の神様が祭られています。寺院のまわりにある小さなお寺や祠にもこの三神像がまつられ、みやげ物屋にもこれらの神様像や神様カバン、神様カードなどが売られているので、中に入れなくてもこれがジャガンナートの神様だとわかります。

とにかくわたしは中に入れてもらえないので、寺院の玄関口でお坊様であるスワミジのサンダルを預かり(境内には裸足で入る)、それを持って待つことになりました。大きな寺院の入口に、人ごみと一緒にスワミジの姿が吸い込まれていきます。みんな一様に寺院の入口で足を清め、中に入って行くのですが、じっと見てると通りがかりの自転車のおじさんたちも自転車を止め、その場でサンダルを脱ぎ、寺院の入口に向かって手を合わせ、ひざまずいて祈っています。しばらくするとまたサンダルを履いて自転車に乗って去っていきます。歩いてる人も同じ。地元の人たちは毎日のお参りを、寺院の入口で済ませるようです。生活の中に信仰が深く深く入り込んでいる感じ。

 オリッサ州の州都ブバネシュワールでお世話になっていた家の女の子が、このジャガンナート寺院に伝わる伝説を幾つか教えてくれました。ジャガンナート寺院には外国人が入ったことはほとんどないけれど、ある研究者が研究のために入ったことがあるそうです。寺院にある塔の頂上部は鉄でできているにもかかわらず、何百年も前に作られたこの塔が錆びないらしい。この謎を研究するために内部に入った外国人がいたとか。何百年も鉄が錆びないなんてすごいでしょう?と感動した様子の彼女。

 もう一つ、どの寺院でも神様にお供えする食べ物は清浄に作り、汚してはいけないのですが・・・ある日、ジャガンナート寺院でお供えをする役目の司祭が、鍋をひっくり返してしまったそうです。でもだれも見てなかったし、床はきれいに掃除されているのでかまわないと思い、食べ物を元に戻してそのまま供えたら、その日神様は食事をしに来られなかったそうです。司祭は汚れた食べ物をお供えしたことがばれてしまい大変反省しました。

 ここでわたしは、神様が食べにこなかったらそれがわかるわけ?とつい女の子に聞いてしまいました。彼女が言うには、「神様が食べにきたらおしるしがあるに決まってるじゃない!」おお~信じるとはこういうことか。変なこと聞いてごめんね。わたしは「そうかあ、そうだよね。」と相槌をうちました。

 

 寺院の前は夜なのにすごい喧騒です。人人人だらけ。ぼんやりと寺院を眺め、人々を眺めて待っていると、やっとスワミジが出てきました。初めてジャガンナート寺院を訪れたスワミジはちょっと興奮気味に「中は広いんだよー。外から見たって想像もつかないよ。神様もすごいエネルギーを発してた。」と話してくれます。わたしは何の意味もなく、預かったスワミジのサンダルを両手にはめて話を聞いていたのですが、ふとそれに気づいたスワミジは「何で手にはめてるの!?」とわたしからサンダルをひったくって履き、さあ行くよ!と車に向かってスタスタと歩いていきました。

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2006年2月10日 (金)

インドの旅 アシュラム生活

CIMG2480  オリッサでは、プリーという町の近くの村にあるアシュラムに滞在しました。シバナンダ・アシュラム(dvine life society)の長スワミ・チダナンダジちなんで建てられた美しいアシュラムです。そこでは三人の老スワミジと一人の修行僧、それから数人の司祭たちと、さらに数人の下働きのおじさんたちが、静かに暮らしていました。建物は屋根が葉っぱでふいてあったりして森の中に溶け込むように建てられています。広い敷地内には池やお寺や瞑想ホール、スワミジたちの僧坊、外部の人が泊まるドミトリーや事務所があります。

 村の人たちが、アシュラムから森の奥に続く道を行き来しています。学校に通う子供たちや、畑仕事に向かう女性たち、ヒマそうに歩いてる男性たち、いろいろな人が通り過ぎます。みんなスワミジに出会うと足を止め、自転車から降りてこちらに来て、スワミジたちの足に触れて拝み、去っていきます。

めっちゃくちゃ平和な空気が流れているところです。でも・・・わたしはこのオリッサ州にいる間、ちょっとグレてまして、というのも、「インド旅行&ヨガ」という軽い(?)気持ちできたこの旅が、始めからずっとコアなヒンズー教にどっぷり漬かったものになり、ぜんぜん自分の中で消化できなくてわけがわからなくなってきたからです。だって信じてないのに神様に祈らなくてはならず(他の信者さんの手前もあり)、このヒンズー教大国でスワミジの横にいるかぎり、わたしは品行方正にせざるをえないのです。こんなの自分じゃない、偽善だ、うそつきだ、と毎日気分が悪い。

だいたい、スワミジに対してみんなが足に額をすりつけるこの行為の意味って何?スワミジが上、一般人が下っていう明らかな上下関係を象徴しているように見えます。どうしてスワミジが上なの?上位階級に生まれてるから?わたし、この身分制度が大きらい。人間は生まれた時は平等であるべきです。その後のことは、運や本人の努力やさまざまなことが絡み合って出来上がって行くとしても、せめて生まれた時は同じでなきゃダメ。生まれながら人の上に立つ人間を認めれば、生まれながら人の下に立つ人間を認めることにつながると思います。

 とにかく、インドでは生まれながらに人に使われる人間と、人を使う人間がいる。スワミジは明らかに奉仕されている。アシュラムの中でも司祭より立場が上。これが納得できません。わたしはスワミジのゲストなので、スワミジと同等の扱いを受けるのです。理由もなく崇められ、それがいやでたまりません。わたしにとってインド人が気にする身分制度なんか何の意味も持たないし、自分より身分が下の人間がいることを信じません。だから、だれかに用事を言いつけていいとは思えないし、何の理由も無く奉仕されていいとも思えない。

 でもこの「理由」ってなんでしょう?お金払ってホテルに泊まってたら当然奉仕されます。ちゃんとされなかったら文句をつけます。じゃあお金を払ってたら奉仕されていいの?スワミジが聖なる存在だからという理由で奉仕されるのはダメ?でもアシュラムのことじゃなくて、インド社会一般のこの「身分」というものが許せない。普通の旅行者なら渦中に身をおくことがないこんな状態が、スワミジと一緒に旅しているためにわたしに降りかかってくる。

 こんなことを考えて、わけがわからなくなり、混乱し、不機嫌になっていったわたし。不機嫌なままアシュラムを発つとき、アシュラムの老スワミジに突然聞かれました。「それで?君は幸せかね?」「・・・・」口を開いたものの言葉が出てこなかったわたしに、老スワミジが飴玉を三つくれました。

 

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2006年2月 7日 (火)

インドの旅 オリッサ州

オリッサ州はブバネシュワール、プリー、コナラクをたずねました。カルカッタから鉄道でブバネシュワールに着いたら、駅に初老の女性とその姪っ子の小学生がお迎えに来てくれていました。いい香りのする白い花を手渡して歓迎して、家に案内してくれます。

裕福そうなそのお宅には、一家の他に運転手と料理人の男性二人が住んでいます。お父さんは交通局のえらいさん、お母さんは学校を経営していて、二人の小学生の娘さんはとてもいい教育を受けているようで完璧な英語を話します。初老の女性はお母さんのお姉さんだったようです。

この家では、もちろん家族はみんなヒンズー教徒でスワミジ(ヒンズー教僧侶)の信徒さんです。でも運転手さんはイスラム教徒でした。別に気にする様子も無く一緒に暮らしています。そしてなぜか、二人の女の子たちはキリスト教系の私立の学校に通っているらしい。うーん、よくわからない。でも日本だってキリスト教徒でなくてもキリスト教系学校に行ったりするし、そんなものかな。

そして、ちょうどクリスマス前に訪ねたわたしに女の子たちがうれしそう見せてくれたもの、それはお友達あてのクリスマスカード。メリークリスマス!と書いてあります。色は赤と緑と金色で、ステレオタイプなクリスマスカラーです。しかし!ぜんぜんステレオタイプじゃないものがそのカードのド真ん中に鎮座していました。それはサンタさんの衣装を着た、ヒンズー教の象の神様ガネーシャ。なんだこれは~???

子供たちからカードを借りて、スワミジに「これ見て!」と見せに行きました。スワミジは「ガネーシャだってクリスマスのお祝いをしたいんだよ」と笑います。

CIMG2860 日本人も大概何でも節操無く取り入れてしまう民族だと思いますが、インド人は取り入れ方がちがうなあ、と感心。だって日本人はクリスマスカードに七福神入れたり仏像入れたりしませんもんね。ヒンズー教って、古来からずっとこうやっていろんな宗教を飲みこんで今に続いているのかもしれません。
 写真はわたしの車にくっついてるガネーシャ像。

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2006年2月 6日 (月)

インドの旅 ヨガ・ワークショップ

cimg2362  オリッサに行く前にヨガワークショップのこと。カルカッタとその近郊で、わたしを旅のお供にしてくださったスワミジ(お坊さま)がヨガ・ワークショップをされました。わたしはそのワークショップのお手伝いをさせてもらえるということで、まだ日本にいるときから楽しみにしていたのに、カルカッタに到着して以来の喉の痛みと鼻風邪(大気汚染のせいか?)が日毎に悪化して、あまりワークショップに参加することができませんでした。はっきりいってわたしにとってこれは今回のインドの旅のメインイベントでもあったのに、まことに残念です。

 そんなにひどく病気だったわけではなかったのですが、何しろスワミジに着いていくと朝一番で出かけたっきり夜中までうちに帰ってこられないのです。ずっと寝てなくてもいいけど、朝から夜中まで活動する体力は残念ながらありませんでした。それでもとぎれとぎれで参加したワークショップでは、少しお手伝いをすることができました。

 インドに行ってびっくりするのは、インドの人々が思ったほどハタヨガ(体を動かしてポーズをとる、いわゆる日本でヨガと言われているもの)をしていなことです!びっくりでしょ?でもね、これ、外国の人が「日本人はみんな空手または柔道を学んでいる」と思ってるのと同じレベルの勘違いだと思います。もちろんハタヨガをやっているインド人も大勢いるわけですが、猫も杓子もやってるほどには思ったほど多くない。それどころか、わたしがハタヨガの練習をするときにアシュラムの男の子たちを誘うと、え~…とめんどくさそうな顔をされてしまったり。

 そういうわけで、カルカッタ近郊の古い町に行ってワークショップのお手伝いをしたときは、地元の参加者全員がハタヨガは初めて。わたしはみなさんの前で見本を見せることになりました。スワミジのカウントに合わせて、太陽礼拝、サルバンガーサナ、マツヤーサナと基本的なアサナ(ポーズ)をやっていきます。老若男女入り乱れたインド人の生徒さんたちは体が固い。わたしもさほど柔らかくないけどそれにしても固すぎです。みなさんほんと、ハタヨガは体にいいし毎日やった方がいいですよ~とこちらが勧めたくらいでした。でも初めてヨガをやってみたらとっても気持ちよかったそうで、特に若い女の子たちは「続けてやりたい」と言ってくれて、かなり嬉しかったです。

 その後はよるお坊さまのお話。みんな真剣に聞いていて、いろんな質問をしてします。が、ベンガル語だったので何を話してるのかはさっぱりわからず。

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2006年2月 5日 (日)

続々々・ベンガル人のアグレッシブ・ホスピタリティ

 ベンガル人の押しの強いおもてなしに、だんだんとムッとすることが多くなったわたし。言葉の通じない料理人の女性と管理人一家は、なぜわたしが怒っているのかわからずに、悲しそうな顔をしています。そんな顔を見ては罪悪感で余計つらくなってきました。ある日、朝起きたら料理人の女性がわたしを見て急に静かになりました。どうしたの?と聞いてもくちびるを引き結んで首を横に振ります。管理人の奥さんもわたしを見て目に涙をためてくちびるをぎゅっと閉じています。話しかけても逃げて行ってしまいます。

「みんなどうしちゃったの?」と聞くと、なんとスワミジはみんなに「君たちの声が大きすぎるから日本人のマタジ(マザーの意)は怒ってるんだよ!」と言ったとのこと。何でそんなことを言うんですか~?!と言っても「だってみんながうるさくて眠れないって言ってたでしょ?」と言われてしまいました。

お坊さんの連れだからと好意で面倒を見てくれて、毎日精一杯のご馳走を作ってもてなしてくれていた人たちです。勝手にインドに押しかけてきて勝手に体調をくずして、そして勝手に怒り出してしまったわたしに、目に涙をためながら口をぎゅっと閉じて朝ごはんを作ってくれているのを見て、こちらが涙が出てきました。料理人のマトビをぎゅーっと抱きしめて「ゴメン!」と謝りました。それから管理人の奥さんにも「ゴメンナサイ」。2人とも「泣かないで。いい子いい子。」と頭を撫でてくれます。それを見てニコニコしていた大家さんの弟にも「ごめんなさい。」と謝りました。

そして、あっという間に元通りワイワイとやかましくなってしまったみんなを見て、スワミジは「なんだ、静かだったのは2時間だけだったな。」とにやり。

cimg2356_blog わたしは、というと、静かに過ごすことをあきらめ、休養することをあきらめました。ごはんを残さず食べることもあきらめました。これでいいのか…?まあでも、何よりもここは人と人がお互いにかまいまくって生きている土地なんですよね。やっとのことでベンガル人のホスピタリティに慣れてきた頃、わたしはベンガル地方からオリッサ州への旅に出発しました。

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2006年2月 3日 (金)

続々・ベンガル人のアグレッシブ・ホスピタリティ

CIMG2341  カルカッタで体調をくずしてしまったわたしは、次の日の朝5時からのドッキネッショル寺院へのお参りの予定を「無理です」と断りました。旅のお供をさせてくれていたスワミジは「それは残念だ。とても美しい場所なのに」と言いながら、アメリカ人のオーム君に頼んで、案内役を買って出ていたカルカッタ在住の芸術家のおじさんにキャンセルの電話を入れてくれました。ところが、電話を終わったオーム君が怪訝そうな顔をして、「マタジ(マザーの意)の体調が悪くてお寺に行けないと言ったら、じゃあ8時半に迎えに来るよって言ったような気がする…夜の8時半のことかな。よくわからないよ。」と不安そう。
 次の朝、不安が的中して朝8時半におじさんのお迎え。まだベッドにいたわたしは「何で?」と思いつつリビングルームへ行くと「朝のお寺に行けなくて残念だね!さあさあ着替えてうちに来てください!」と朝からハイテンション。さすがにスワミジも「今朝はゆっくり休むつもりだったのだけど・・」と言いながら、みんなで着替えを済ませ、恒例・大量の朝ごはんを食べておじさんの車に乗り込みました。

 おじさんのお宅はカルカッタ郊外のこじんまりした素敵な家でした。そこで画家であるおじさんの絵を見せてもらいました。絵はすばらしい。確かにほんものの芸術家です。題材はほとんどがクリシュナやガネーシャなどのヒンドゥの神様ですが、色使いが美しく、インドで名前の売れた画家だと聞いて納得。お話もすごく面白かった。

 でも・・・食べ終わったばかりなのにまた朝ごはんを振舞われ、昼ごはんを振舞われ、結局ドッキネッショル寺院に連れて行かれ、夕方からメディテーションのワークショップが始まり、夜の10時に夕食の支度が始まったとき、もうわたしはフラフラになっていました。もともと関西人であるわたしは、わりと自分の意見ははっきりと言うほうではあるのですが、人が一生懸命作った料理をいらないとは言えず、おしゃべりしてる人に眠りたいからあっちへ行ってくれとも言えませんでした。だってみんな好意でやってくれているのです。
 そして、似合わぬガマンをしてしまったわたしの中にどんどん蓄積していったのはイライラ。それがだんだんと変化して…「怒り」となりました。「何で体調悪いってゆってんのに、朝の
8時半から夜の12時まで引っ張りまわすの!」と。怒れるぐらいだからけっこう元気あったんですけどね。

長くなってますが、次回へ続く。

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2006年2月 1日 (水)

続・ベンガル人のアグレッシブ・ホスピタリティ

 カルカッタの大気汚染で鼻と喉をやられて体力が落ちてきたところに、ベンガル人の食に関する押しの強さに精神的にもかなり参ってきたわたしに、更なるアグレッシブなホスピタリティが待っていました。

わたしはもともと微熱が出やすい体質なのですが、たいていは少し横になって休めば何ごともなく回復します。しかしここカルカッタでは、ちょっと横になるという簡単そうなことが大変難しかったのです。

cimg2353  熱が出たわたしはその日の外出を断り、泊めてもらっていたお宅で一日休むことにしました。そこはカルカッタ市内にあるワンフロアの広いアパートで、空室になっているところを大家さんが、お坊さまであるスワミジとわたしたちに料理人ごと貸してくれたのです。料理人の女性とその小さな男の子、それからそのアパートの一階に住む管理人一家、それから大家さんの弟さんが総出でわたしたちの世話をしてくださっていました。

 体調がよくないから休むというわたしを心配して、なんと全員集合してしまったこの人たちは、わたしを一人にしてはいけないと思ったのか、ほぼ一日じゅう私が寝ている部屋のソファでお茶を飲んだりテレビを見たりしていました。わたしがウトウト…とすると「マタジ(マザーの意)、大丈夫か?お茶を飲むか?果物を食べるか?」と話しかけてきます。「何もいらないから少し眠らせてね」とお願いするのですが、喉が痛くてうがいをしにトイレに立って帰ってくると、すでにお茶が用意されていて否応なしにティータイムが始まります。何とかベッドに戻ってまたウトウト・・ふと目を覚ますと暗い部屋の隅に人が立ってこっちを見てる!ギョっとして起きると、一階に住むおばちゃんがわたしの様子をうかがっていました。起きるたびにちがう人が立っていたりドアからのぞいていたりソファでお茶を飲んでたりして、おちおち寝てられません。

CIMG2351  スワミジとともに外出先から帰宅したアメリカ人のオーム君は、ベッドの上でぐったり横になるわたしとその横のソファセットでわいわいお茶を飲んでる三家族を見て、(かわいそうに!)という顔をしていましたが、ベンガル地方出身であるスワミジには当たり前の光景らしく、「これじゃ眠れない!」と相談しても、「安心して眠りなさい!」とニッコリ。なんかちがうぞー。

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2006年1月31日 (火)

インドの旅 ベンガル人のアグレッシブ・ホスピタリティ…

cimg1440  インドに出発する前に、お坊さまのスワミジから一番注意をされたこと。それは泥棒でも食あたりでもなく、ベンガル地方へ行った時の食事のことでした。カルカッタを含むこの地方ではとにかく無理矢理たくさん食べさせられるから、出発前から胃袋を慣らして大きくしておくようにと言われたのです。「???」と思っていたのですが…これ、かなり的確なアドバイスでした。

 ベンガル地方の人々はグルメです。おいしいものに目がなくて、料理の種類も豊富です。特にスイーツは有名だとかで、どこのお宅に行っても何種類もの甘いお菓子を出されます。それからこの地方では魚は野菜ということで、アシュラム(僧院)など厳格な菜食主義を貫いているはずの場所でも魚を食べるらしい。わたしもお坊さまと一緒なので卵も食べない完全な菜食をしていたのですが、カルカッタではお構いなしに魚料理を出されて困りました。

それより何より、食事の量がハンパじゃない。まず朝ごはん。小麦粉をこねて丸くのばしたのを揚げたプーリーという揚げパン・カレー・サブジという野菜の蒸し煮などが出てきます。それにヘタするとダルという豆のスープに果物、さらに甘いミルクとココナツを練り合わせたようなお菓子が2~3個お皿に盛られてきます。

必死の思いでそれを平らげて外出すると、出かけた先のお宅でまた当たり前のように同じ量の朝ごはんが出てきます。「イヤ、今食べたばっかりで無理・・」と言おうとするのをさえぎられて「食べて!食べて!」と攻撃されます。これまたやっとの思いで平らげたら今度は、春雨みたいなものとナッツがココナッツミルクの中に入っているインド版おしるこみたいな甘いものが出てきます。さらにミルクの練り菓子が出てくるのを、ちょっとイラっとしながら「もう無理!」と冷たく断るのですが、「一つだけ。かじるだけでもいい。ダメなら手にとるだけでもいい。」と無理強いされます。しばらく食べる・食べないでバトルをして勝ったり負けたりし、なんだか胃もたれし始めたところで、昼ごはんが~!うそやろ?!

CIMG1723今度はチャパティという小麦粉の薄焼きとライスが両方、チーズや野菜の入ったカレーにダル、数種類のサブジにまたまた超甘いスイーツ…etc。それもゴハンやオカズが減ってくると容赦なく注ぎ足されます。次の場所に移動したらまたお茶と大量のお菓子が出てきて、自分で手に取らないと次々に手渡され、受け取らないとかなり悲しそうな顔をされます。

 これが三日続いた頃、わたしは体力的にも精神的にもかなり参ってきました…。 

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2006年1月28日 (土)

インドの旅 カーリーガート

CIMG2421  カルカッタのカーリーガートは、カーリーという女神を祭ったお寺です。ガートは沐浴場のこと。真っ黒な巨大な顔にギョロリとした目玉、長い舌を突き出した、何だかとっても暴力的または挑発的(?)な感じのする女神さんです。カルカッタのスワミジの信徒さんのお宅で夕食をご馳走になった後、夜の10時ごろにこの寺院に行こう、ということになり、車に乗せられて観光ツアーのコースにたいてい入っていそうなこの有名な寺院に向かいました。

 まず、車を降りるときに裸足になるように言われました。お寺の境内はすべて裸足で歩くことになるので、サンダルは車の中に置いていくとのこと。しかし、そこから寺院までの道路が暗くて汚くて、何かよくわからないものをグニョリ、ベチョリと踏みつけてはぞ~っと鳥肌が立つのを我慢して歩きました。

そして何だかよくわからないままに寺院の入口でお花やお供えの入った籠を持たされ、男の人二人に付き添われてせかされながら寺院に入り、カーリー女神の足元にひざまづいてプージャ(儀式)をされ、挙句の果てには一緒にいたアメリカ人と共にスワミジと引き離されて司祭たちに寄付の名目でお金を要求されました。

 CIMG2371その強引さにすっかり嫌気がさし、司祭たちを振り切ってスワミジの元に戻りました。スワミジは司祭たちに説教をし、お金が欲しいならやるけれど、こんなことをするのは君たちの魂のためによくない!といつもどおり諭しました。司祭たちもさすがにバツの悪そうな顔。

インドはいつも極端だなーと思います。何の下心もなくすごく親切にしてくれる人がいるかと思えば、とりあえず何でもいいからぼったくろうとする人。買い物してても、おつりをごまかそうとする人がいるかと思えば、チャイ屋さんなんかでおしゃべりしながらお茶を飲んでいると「お金はいらないよ」と言われたり。北のヒマラヤでは雪が降っていて、南インドではうだるように暑かったりするのですね。ヨガの目指すものは「中庸」だと思いますが、その中庸がインドにはあまりないような気がしました。だからこそ「ヨガ」が生まれたのかな。

そう思うと日本って中庸の国でしょうか。「和を持って尊しとなす」と言ったくらいですもん。いいですね、和を持って尊しとなす。

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2006年1月26日 (木)

インドの旅 カルカッタへ

 CIMG2291

夜行列車に乗ってデリーからカルカッタへ。エアコンの効いた快適な車輌ではありましたがどうも一等ではなかったらしく、三段ベッドがどうにもこうにもせまく、長時間乗っているとかなり体が疲れてしまいました。10数年前にツアーでインドにきた時にもデリー・カルカッタ間で夜行列車に乗ったのですが、たしか四人部屋の個室で、広々していた記憶があります。あれ一等だったんだ。

とはいえ、この夜行列車には三度の食事やチャイやコーヒー、ミネラルウォーターのサービスもあり、値段も安いしかなりお得感はありました。ちょっとだけ困ったのはトイレです。電車のトイレなんて、日本でだってあまり快適とはいえないけれど、何しろインドのトイレですからインド式。やっぱり紙がなく、便器の近くに手おけと水道があって、左手で洗うようになっているのです。

CIMG2297そんなこと最初からわかっていたのですが、トイレットペーパーを買っておくのをまた忘れ、やっぱり水で洗うはめになりました。というか、インド初日からずっとトイレットペーパーを買い忘れ続けてインド式でやっていたのですが、何しろ電車のトイレはせまくて揺れる。下は穴が開いてるだけの垂れ流し。蛇口から出た水は床をぬらし、揺れる車内でうまく洗おうったって、揺れてなくたってパンツがびしょぬれになっちゃうくらいですから、なんだかもうどうにもなりません。

しかもこの水が、時々駅で補給される前に使い果たされて、水が出ない!これは当然ながら、日本でトイレに入って「紙がない!」という状態と同じですから、トイレの周辺で人がわいわい騒いでいる時は、水がないと判断してトイレはガマンです。

スワミジが笑って言うには、「そりゃ水もなくなるよ。トイレで水浴びしてる人がいるもの。」「そうなの???!」 どうもそうらしい。確かに便器は穴が開いてるだけだから排水するし桶と蛇口もあるし、そりゃ水浴びできるよね。床が一面びしょぬれなのも納得。しかしトイレで水浴びるなよ・・・。

cimg2298 インドは広大な国です。長距離列車にのると2泊3日なんてこともあります。丸三日も電車の中で何するの?と思いますが、これがなかなか楽しいのです。みんな隣り合わせた人々と、「どっからきたの?どこ行くの?」から始まり、ありとあらゆることをおしゃべりして過ごします。わたしはお坊様と一緒に旅をしていたから、もちろんみなさん精神世界や瞑想について話されます。みなさんけっこう瞑想やプラナーヤマの達人だったりして、面白いのです。最後には名刺交換。

インドで気づいたこと。日本で必需品と思っているモノの中には、なければないで差支えないモノもある。トイレットペーパーとティッシュペーパーはその代表でした。

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2006年1月22日 (日)

インドの旅 リシュケシュでシバナンダアシュラムへ

swamiji_talking スワミジの案内で、シバナンダアシュラム本部を訪ねることができました。シバナンダ・アシュラムは大変大きなアシュラムです。一歩敷地に足を踏み入れると、長年ここで暮らされたスワミジに、大勢のスワミ(僧侶)や職員の方たちが挨拶に来られました。わたしも混同していたのですが、これはよくTTCなどをやっているシバナンダヨガアシュラムとは別の施設です。

 それからアシュラムの創始者であるスワミ・シバナンダジ(ジは尊称です)が晩年を過ごされた部屋に案され、遺品の数々を見せていただきました。スワミジたちから「わたしたちは仕事の話があるから、君はこの部屋でしばらく瞑想しなさい。呼びに来るまでここで静かに自己の深い部分をさぐり、考えなさい。」と言われ、部屋の隅に座り目を閉じて瞑想をさせてもらうことができました。

P1020038 シバナンダ師の部屋は半地下にあり、小さな窓からガンジス川がすぐそばに見えます。晩年シバナンダさんはお医者さんから、この部屋には湿気があって健康に良くないから別の部屋に移るようにアドバイスされたのですが、聖なる河ガンガーを近く見ることができるこの部屋から最後まで動かれなかったそうです。瞑想している間にも何人もの信徒さんが静かに部屋に入ってこられ、祈っておられました。

最近、部屋とか場所とかって何かエネルギーを持っているなぁ、と感じるようになりました。この部屋みたいに、大勢の人が来るにもかかわらず、みんなが静かに衣ずれの音しかさせずに入ってきて、静寂の中で祈っているような場所というのは、誰もいない時でも何か暖かい様なふんわりした空気・エネルギーがあるような気がします。静かなのに、寂しい感じがなくて、力強くて活気がある空気です。

反対に、大勢人がいてワイワイとにぎやかなのに、空気が薄いような力が抜き取られるような気がする場所もあります。

シバナンダ師の部屋での瞑想は、瞑想しよう!なんて意気込まなくても、目を閉じて座っているだけですーっとまわりと自分とが離れて、自分の内側に入って行けたように思いました。

こういう部屋の空気やエネルギーって、やっぱり人から出てるような気がする。アシュラムで出会う人たちはみんな静かに話します。よい人間であろうと努力している人たちです。殺生を避け、困っている人をみたら声をかけ、悪い心を持たないように心がけて、間違ったことをしてしまった時には深く深く反省します。そういう人たちが発するエネルギーって、やっぱりあるのかもしれません。

スワミジの学校

スワミジはヒマラヤ・ウッタルカシ近くのガンゴリ村で、「教育によって貧困を絶つ」という理念を実践し、学校を運営しています。

 スワミジの学校運営のために、少しだけ日本からも寄付をしたいと思っています。少しでも賛同してくださる方がいらっしゃったらぜひご一緒に!スワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシをご覧ください。ご連絡はananda@mbp.nifty.comまで

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2006年1月20日 (金)

インドの旅 ハリドワールのアルティ

聖地ハリドワールでは、毎日夕方六時からガンジス川河岸で、アルティが行われます。

プジャとアルティは、どちらも見たところ同じように神様にお祈りする儀式のようです。ただ「プジャ」と呼ぶときはマントラ(お経のようなもの)を唱えるチャンティングがメインで、「アルティ」と言うときはたいていキルタンという神様をたたえる歌と共に、火をともして神様にお祈りしているように思います。違いがはっきりしないのでスワミジに聞いたところ、「どっちもおんなじ!」とそっけない返事。しつこく聞くと、「アルティは歓迎の儀式だよ」と教えてくれました。でも確か、デリーの空港で火をともして歓迎の儀式をしてくれた時は「プジャをする」と言っていたのですけれど・・・?

CIMG2180 それはさておき、ハリドワールのアルティは盛大です。とても毎日やっている儀式とは思えないほどの賑わいで、お寺に向かう道はお供え物を売る屋台と、一番前で神様の火のご利益に授かろうと急ぐ人々でごった返します。熱気の中、夕暮れと共にスピーカーから大音響でキルタンが流れてアルティが始まりました。群集とは反対の岸辺にある寺の前で、いくつもの大きなたいまつに火がともされ、司祭たちがガンジス川の神に向かってぐるぐると回して祈ります。夕闇に炎が美しく浮かび上がり、対岸にいる人々の顔がそれに照らされ、興奮のためか炎の光なのか、目がきらきらと輝きます。

このアルティには巡礼のほか、観光客も大勢集まります。そして群衆の中には人々を整理して並ばせ、お布施を求める司祭たちがいました。インドのお寺の中でもいくつかの寺では、こうやって「お金お金!」とお布施を強要してくるところがあります。そういう状況に出くわすたびに、わたしの先生であるチェータン・スワミジもラーマ・スワミジも、司祭たちにお説教を始めます。

「大勢の人が信仰心を持って神に祈るためにお寺に来るのに、そこで神に仕える存在である君たちがこんなに欲張りでは、信徒たちがどう思う?お布施は求めるものではないよ。お寺に来た信徒たちはここで何かを得たと思ったらお布施を渡すだろうし、それを司祭が払いなさい!と強要するのは間違っているでしょう?こんなことをするのは君の魂のためにもよくない。やめなさい。」

 するとたいていの司祭は、小さくうなずくか、耳たぶを親指と人差し指で持ちます。これはインドで「反省」の意味。彼らはわたしたち外国人には、かなりずうずうしい態度でお金を払え!と脅してくるんだけれど、さすがにスワミジたちお坊様の言うことには逆らいません。

P1010109  このように、インドではスワミ(お坊さん)が「道徳」の役目を果たしている部分もあるようです。乗り合いタクシーなどに乗っても、スワミジが乗ってきた途端、みんな静かになります。アシュラムではスワミジの前ではみんなが緊張した面持ちになります。座るときも足をスワミジに向けないように座ります。村々にスワミジたちがアシュラムを建てて住み、そこで地域のために活動し、そして尊敬されて暮らす。それが村の人々の生活にある程度の規律をもたらしているのでしょう。

  

わたしが訪れたあるアシュラムでは、昼間っからみんなゴロゴロしてテレビを見てるし、食事も何となくダラダラと食べている。サットサンガ(お坊さんとお話しする集まり)も何ともまとまりがない。なぜだろう?と不思議に思っていたのです。すると何と、そこの主であるスワミジが旅行中で留守だった!スワミジがいないと、アシュラムの人たちもだらけるんですね・・・。

スワミジの学校

スワミジはヒマラヤ・ウッタルカシ近くのガンゴリ村で、「教育によって貧困を絶つ」という理念を実践し、学校を運営しています。

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2006年1月17日 (火)

インドの旅 納得・・・

CIMG2198  ハリドワールのアシュラムでは、二人のスワミジと、アメリカ人のオーム君、それからデリーにあるアシュラムのスタッフであるスミットさんも滞在していました。

 アシュラムでの生活は基本的に食事時間などが決められています。でもこの小さなアシュラムではスワミジが食べる時間が食事時間、ということで、スワミジたちが遅れれば食事の時間の始まりも少々遅れます。

 ある日、スワミジたちとお話をしたりしていて、少し食事時間に遅れてみんなで食堂へ行くと・・・なんとオーム君がすでにごはんを食べてる!おなかがすいたから先に食べ始めたよ、と言うのですが・・・

アシュラムでは、スワミジが食べるまでだれも食事を始めたりしません。アシュラムはゲストハウスではないし、食事を作ってくれる男の子たちも召使いではありません。でもどんなにおなかがすいていたって、男の子たちだって私たちの世話が終わるまで待っているのです。

そして先に食べ終わったオーム君、自分の使ったお皿を洗わずに部屋に帰っちゃいました。自分のことは自分でするのがアシュラムの約束事なのですけれど。でもスワミジたちは何も言いません。わたしに「君、書道は得意?食堂の壁に-自分の食器は自分で洗いましょう-と書いてくれる?」と冗談を言って笑っています。

 彼はあちこちのアシュラムに泊まらせてもらったりしているので、アシュラムの決まりごとは知っているようです。という事は、ひょっとしてアシュラムを安宿代わりに使っているのでは??と疑ってしまいました。

P1030141インドのアシュラムでは、宿泊しても料金を課されるのではなく、お布施を置いてくるという形のものがほとんどです。そして、外国からはるばるきたスワミジのゲストとなると、ほんとうに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれます。でもそうやってお世話を受けているうちに、世話をしてくれる人を召使のように扱い始める人を見て、びっくりしました。

インドに長年住んでいる日本人の方とお話した時に、同じようにインドに長く住んでいる外国人の中に、インドが好きで移住までしているにも関わらず、現地の人に対して優越感を持つ人に出会って驚愕することがある、と伺いました。人に対してそんな気持ちを持ってしまうなんて気の毒だわね、と言っておられました。

わたしとしては「気の毒」、というより「なんなんだ?!」と腹立たしく思っていたのですが、ある日、そのことをインド人女性の友人に話してみると、彼女が笑って言うには・・・「でもアシュラムって、そういう人のためにあるんじゃない?世の中、完璧な人間ばかりだったら、アシュラムなんていらないわよ」と。その通りですよね。わたしは体の力がカクンと抜けるような気がして、彼女と一緒に笑いました。そうそう、怒ったって何もいいことないんです。でも短気なのですぐに腹が立つ・・・修行が足りません。

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2006年1月16日 (月)

ハリドワールでプジャ

ヒマラヤに滞在した後、もう一度ハリドワールに行きました。再度の滞在目的の一つが、プジャ(儀式) をしてもらうこと。宿泊していたアシュラムの若い司祭さん、ドルーブ君にお願いして、3時間ほどのプジャとアルティをやってもらいました。ちょっと願掛けしたいことがあったのです。

お昼頃にウッタルカシからハリドワールに着くと、先に到着していたアメリカ人のオームプラカシ君と、同じくウッタルカシに住むラーマ・スワミジがアシュラムの玄関で迎えてくれました。ラーマ・スワミジは、スワミジが「シニア・スワミジ」と呼んで大変尊敬している方です。

P1020002

 午後いっぱいをかけて、司祭のドルーブ君がいそがしくアシュラムの中の小さな寺院を掃除してお花やお供え物の準備をしています。わたしはプジャの前にバケツにお湯をもらってお風呂に入り、新しい服を着て準備。

 プジャは4時半に始まりました。何しろ初めてのことなので、どうしていいのかよくわかりません。とりあえず、お寺に入る前には靴下を脱ぎ、入り口で額を床につけて神様にご挨拶します。お寺の中にはシバ・リンガとシバ神、ガネーシャ(象)神、ドゥルガ(女神)の像が祭られていました。それから、白い布に赤い染料で四つのサンスクリット文字が書かれたものを敷いた台が用意されていました。

まず、その四つの文字一つ一つにお供え物をしていきます。マリーゴールドの花びら、花やハーブが入った水をかけ、次にピンクの花、綿のかけら、米粒やら赤い色粉を次々にかけていきます。ヨーグルトもスプーンですくって備えます。奥にある神像にも同じようにお供えしていきます。それから、葉っぱでできたお皿に、お金・お団子・ばなな・ミカン・水・ヨーグルトなども入れて一つ一つお供え。

その間、ドルーブ君は経本も見ないでずっとサンスクリットのチャンティングを続けています。わたしは、心の中で「オーム・ナマ・シバヤ」と繰り返すように言われました。「オーム」はすべての始まりの音です。

シバ・リンガへのお供えはもっと念入りです。文字や神像と同じようにお供えをした後、シバ・リンガとそれに巻きつく形のコブラ像に花の首輪を備え、101ルピーを備えます。101とか1001とかというのは、スワミジにお布施を渡すときも同じで、1ルピー札を必ず添えるそうです。

P1020017それからシバ・リンガにヨーグルトを塗りつけ、次に水をかけます。その後、ギー(液状のバターみたいなの)、ハチミツ、砂糖と次々にかけて丁寧に塗りこんでは水で流します。最後に、ドルーブ君が本一冊分あるという長いマントラを唱えている間に、ラッパ状の入れ物に牛乳を入れて、下の細いチューブ状の口から出てくる牛乳をずっとシバ・リンガにかけ続けます。これがかなり長く、ラッパを持つ手がしびれます。牛乳はなくなる前につぎ足されます。

マントラを聞きながら、ラッパからぴゅーっと細く飛び出す牛乳が、シバ・リンガにかかって流れ落ちていくのをじっと見つめていると、だんだんと意識が朦朧となって行くようで、時間の感覚がなくなっていきます。マントラの響きと、牛乳が流れ落ちる様子がスローモーションのよう。その中で、自分の中の感覚だけが鋭くなっていくような感じがします。「わたしは今なぜここで、旅をしているのだろう?なぜここでスワミジとアシュラムの男の子たちの世話を受けているのだろう?」と、とても不思議な気持ちになりました。日本で、信仰とは何の縁もなく、資本主義社会の恩恵を受けてごく普通の生活をしてきたわたしが、なぜ。

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2006年1月 9日 (月)

インドの旅 ガンゴリのアシュラムで

cimg2077  ヒマラヤではガンゴリ村に滞在しました。スワミジの学校とアシュラムがあるところです。アシュラムには、さらに山奥にある村出身のコピール君という男の子が、学校に通うために下宿していました。
 将来は大学に行って政府の仕事につきたいというコピール君、アシュラムの中ではとっても寡黙で、ほとんど会話することがありませんでした。でも、一日だけアシュラムの庭で話をすることができました。寡黙だと思っていたのは思い違いで、アシュラムの中はべらべらおしゃべりしたりしないものらしく、屋外ではたくさん話してくれました。
 日本については、いろいろ調べていたらしく、どうして日本の平均寿命は高いのか?と質問されました。インドの平均寿命は約61歳です。日本は世界一の長寿国で、約82歳(ちょっとデータが古いかも)。

CIMG2070 理由は食べ物や経済事情などいろいろあるかとは思いましたが、医療事情の問題は大きいと思います。近くにあった大きいアシュラムでは、無料の診療所があり、薬草を煮て薬を作っているところも見せてもらいました。でも例えば、手術が必要な病気になった場合どうするのでしょう?盲腸になったら?

インドには日本のような国民健康保険制度はないようです。貧富の格差が大きいインドでは、路上で生活する多く人々、子供にさえ福祉は行き渡りません。というよりも、病気になったら誰もが病院に行けるのは、世界中でもほんの一握りの国でしょう。

そう思うと、日本の国民健康保険制度はすばらしいものです。自己負担金があるとは言え、加入しているだれでもが、風邪ひいただけでも病院に行けます。日本での平均して医療費の80%近くが、公費負担です。北西欧の国々も軒並み70~90%の公費負担があります。インドでは85%が個人負担。貧しければ、病気になっても医療を受けることはできないでしょう。体が弱ければ、それは容赦なくその人の寿命に直結するのではないでしょうか。

それに日本では、だれでもがどこの病院に行くこともできますよね。たとえば頭が痛い!という時、近所の診療所、大病院、行きたければ大学病院に行ったっていいわけです。どこに行ってもお財布に入っているお金の量で、待ち時間や先生のレベルが変わったりするわけではありません。

わたしの経験では、これ、世界の中でも少数なのではないでしょうか。

10数年前のこと。福祉の国イギリスでは、確かに治療費の安い公立病院があり、無料で治療を受けることもできました。でも、そこで歯科治療を受けた時、その治療のあまりの適当さにびっくりしました。

治療費払うからちゃんと治して~と思いましたが、大屋さんに話してみたら「そんなとこに行っちゃだめだよ!あの病院では、最低限の治療しかしてくれないから。ぼくが行ってるプライベート病院を紹介しよう、保険は利かないけどね。」と言われました。

保険が利かないってどういうこと???と思っていたのですが、どうも病院に格差があるようなのです。国民健康保険は、公立の医療機関しかカバーしていないようです。レベルの高い治療を受けたかったら、高額の医療費を自己負担してでも、公的保険の利かない私立病院へ行くらしい。患者が病院を選ぶのではなくて、病院が患者(の財布)を選んでいると言えるでしょう。

だれもが、平均的な医療を、多少の差はあれおおよそ同じ治療費で受けられる日本の制度って、よくできてるなあ、と感心しました。

お金持ちしか診てくれない素晴らしいお医者さんと、お金がなくても診てくれるけど適当に歯に詰め物しちゃうお医者さんしかいなかったら、どうします?

平均寿命から話がそれちゃった・・・。

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2006年1月 6日 (金)

インドの旅 風邪を引いたらどうなる?

 話は少し飛んで、カルカッタへ。
 デリーからカルカッタに着いた途端に喉がひりひりしてくしゃみと咳がとまらなくなりました。しばらく放置していたのですが、そのときたまたま旅を共にしていたアメリカ人のオーム君が、私よりもずっと咳がひどく、近くのホメオパティックの薬局に行く、というので興味本位でついて行って見ました。

 インドで風邪をひいた場合、三つの治療法があるようです。まずはインドのアーユルベーダ、そして日本でおなじみの西洋医学、それから、日本ではなじみのないホメオパティック医療。ちなみに漢方は見かけませんでした。ホメオパティックは同毒療法という意味で、いちばん効き目が穏やかだとか。名前からするといちばんキツそうなのだけれど・・・。

 ホメオパティックについては、ヒマラヤにいたときに食事に招いてくれたドイツ在住のインド人男性(休暇でヒマラヤにいた)に話を聞いていました。アレルギーを改善したり、肝機能などの内臓の機能を改善したりと恒常的に飲むお薬だとのことで、続けて飲んでも副作用がないけれど、痛いのがすぐ治るという対処療法的なものでもないようです。あ、でも飲んだらすぐ胃痛が治るという薬もあったけど・・・。これ、ドイツ製のお薬なのですがなぜかインドで買うほうが安く、カルカッタに行ったら買っておくとお得だよ、と言われていました。

 CIMG2305 薬局は宿泊していたお宅を出て角を曲がったところにありました。おばちゃんに「くしゃみと咳がひどくて・・・」と説明すると、奥にいるドクターに相談するように言われました。奥の薄暗い小部屋には、パソコンを前に小太りのおじさんが汗をかきかき座っていました。
 もう一度「くしゃみと咳がひどくて・・・」と始めると、すぐさま「大気汚染だよ、大気汚染!今、カルカッタでは同じような症状の患者がそこらじゅうにいる。みんな鼻と喉がおかしくて咳がひどいんだよ。」たしかにカルカッタの大気汚染は想像以上、みんな大丈夫か?と心配になるほどでした。
 それからドクターは、体質などに関する問診を続け、そのあと「なんでインドに来たの?ドッキネッショル寺院には行った?ラーマクリシュナミッションは?あそこにはたくさんいい本が売ってるよ。スワミ・ヴィヴェーカナンダは知ってる?」などと延々と話し続けちっとも処方箋ができあがりません。
 やっと出来上がったのが合計5種類のお薬。これを10日間ほど飲むそう。これは時間がかかると思い、オーム君に「もう帰ろ・・」と目配せをしていたのですが、逃げ出すチャンスを失ってしまい結局診察されることに。
cimg2307  「わたしもくしゃみと咳がひどいけど、子供の頃からアレルギー体質だから・・」と言ったら、なんと7種類70日分の薬を出されてしまいました。「アレルギー体質を改善する薬だから途中でやめたら効き目がないよ、最後までちゃんと飲みなさい。」と何度も口をすっぱくして言われていましたが、旅をしながら1日三回薬を飲み続けることはできず、結局ホメオパティック薬の効き目の如何はわからずじまい。薬代約2500円ほどを無駄遣いしちゃいました。

飲んだらアレルギーが治ってたかも!

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2006年1月 5日 (木)

インドの旅 ウッタルカシで

ハリドワールから数時間のドライブを楽しみ(?)とうとうウッタルカシの町へ、それを通り越したところにあるガンゴリ村に着きました。

CIMG2052  ここでは、旅の間何度もお世話になったラーマ・スワミジ先生の隣のコテージに住まわせていただくことになりました。すぐ前がガンガーで、川を見下ろしながら瞑想をする場所もあります。ラーマ・スワミジ先生のもとで働くインド人青年ラモハン君が滞在中わたしの面倒を見てくれ、お茶だお菓子だといつも持ってきてくれした。ちなみにラモハン君はわたしのことを子供だと思っていたようです。わたしから見たらラモハン君(25歳)の方が少年に見えたんですけど。

歩いて二分ほどの所にシバナンダ・アシュラム(ヨガセンターとは違います)があり、そこでサットサンガ(キルタンを歌ったりお坊さんとお話しする時間)に参加したり、ごはんを食べたりもしていましたが、ほとんどは歩いて30分ほどで行けるスワミジの学校とアシュラムに行って、一日を過ごしました。CIMG1800

 スワミジの学校はとても小さいので、休み時間には子供たちがみんなアシュラムの前の小さなスペースで走り回ります。どうも鬼ごっこのようなことをしているのですが、これがみんなほんとうに息が苦しくなるほど笑い転げています。

せまいスペースで大勢の子供が全力で走り回っているのに、ほとんどぶつかったり転んで怪我をすることもないのが不思議。頭の後ろに目がついてるのか?と思うほど、うまく人や溝や段差をよけて走り回ります。

たまに誰かがぶつかって泣き出すと、10人も20人もの生徒たちが遊ぶのをやめて、泣いてる子をあやしたりなだめたりナデナデしたりして、泣きやむまで囲んでいます。泣いてた子もしばらくすると忘れて遊び始めます。これ、よくインドで見かける光景で、大人だって誰かが道で転んだりしたら、大勢で「大丈夫か?怪我したか?」とやっています。優しい・・というか、みんな時間もたっぷりあって急いでないし、他人にかまう余裕・暇があるのでしょうね。

話は変わりますが、「優しい」と言えば近頃「○○にやさしく」なんて言葉を頻繁に耳目にしますが・・・なんとなくそらぞらしいような気がするのはわたしだけでしょうか?なーんて言いつつわたしも「エコ」なんてHPに掲げているわけですが、エコってなんだろ?優しいってなんだろ?天然ゴムのヨガマットを使ってたって、車を運転してたら石油使ってるじゃないの。遠くにいる貧しい人に親切にしたって、すぐそばにいるお隣さんに優しくしてなかったら何の意味があるの?

でも、やっぱりできるところから!ですよね。全部できなくても、一つだけでも、思いついた事だけでも、いちばん簡単なのだけでも、やってみることは無意味じゃないですよね。何にだって最初の一歩はあるのだから。

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2006年1月 4日 (水)

インドの旅 ウッタルカシへ!

CIMG1559  ハリドワールを車で出発し、ウッタルカシヘ向かいました。インドの交通事情は日本とかなり違い、驚きます。左側走行は日本と同じですが、まず、片側一車線の道路なのに追い越して対向車線をどんどん車が走っていきます。対向車が迫ってきてもかまわず対向車線を走ります。下手したら向こうからも対向車線を走ってくる車があるので、もうヒヤヒヤ。

交差点では、赤信号で止まると後ろの車がどんどん前に来て先頭車両のさらに前に出て行きます。だから信号が変わるころには停車線で車がダンゴ状態。踏切の場合は両側で車がダンゴ状態になるので、いざ遮断機が上がっても車がつっかえてなかなか前進できません。普段はいたってのんびりしているように見えるインドの人たち、なぜハンドルを握ると全員人格が変わったようにせっかちになるのか?

それから、走行中は常にクラクションを鳴らします。これには相当イライラしましたが、いざ自分が運転してみるとわかりました。鳴らさないと歩行者やバイクや犬や牛が、後ろも見ないで斜めに横断してくるのです。他の車が常にクラクションを鳴らしているので、「クラクションが聞こえない=車が来てない」ということになり、ほんとに危険です。道路脇を歩いている人を見かけたら、必ずクラクションを鳴らします。皆ちらり、と後ろを見ながら隅によけます。道路脇を歩いている犬までが、人間とまるっきりようにちらり、と後ろを見てよけるのが笑えました。

CIMG1740

 リシュケシュを過ぎて山を登り始めると一気に景色が変わります。どんどんとくねくね道を登っていき、山の向こうにまた山が連いり、そのうち真っ白の雪山がかなたに見えてきます。ヒマラヤ山脈への入り口です。

 山での運転は慣れていますが、崖っぷちでガンガーをはるか下に見下ろしながら、ガードレールもカーブミラーもない細いガタガタ道を登っていくのはかなり迫力がありました。

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2006年1月 3日 (火)

インドの旅 人間と動物、そして菜食

新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

インドのお話をしばらく続けて行きたいと思います。

インドのノラ牛は有名ですが、ノラ犬もいっぱい。どこにでも寝転がってたり歩いてたり爆睡してたり、ぼんやりと人ごみを眺めていたりします。

ある日、ポンディチェリという町の道端に立ち止まって、二人のスワミジと雑談をしていたときの事。立ち止まって話し込んでいると、あちらからノラ犬がトコトコやってきて、わたしたちの円陣の中に入って立ち止まり、話を聞いている様子です。わたしたちが話し終わって円陣を解散すると、犬もさも会話が終了したかのような顔をして去っていったのを見て、一人でハハハと笑ってしまいました。

CIMG1628 牛もよくとんでもないところにいます。ガンガーを渡る歩行者用のつり橋を牛が渡ってたり、デリーの高級ブティックの前に牛がたむろしてたり、スワミジが大事に育てている野菜畑に山の斜面から降りてきて荒らしたり。リシュケシュでは、塀の上に座っていた猿が、人間に貰ったミカン食べながら、半分をそばにいた牛にあげているのを目撃しました。

足のない子供が、道端で座り込んで、猿としっかりと抱き合っていたこともありました。明るい笑顔で猿に話しかけていました。牛の正面に立ってビンタをしていた子供も見たなあ。牛の進行方向を変えようとしてたんだと思いますけど。

CIMG1974 ヒマラヤでは、ヤギ三頭と犬と一緒に人里離れたところで暮らしているおじいさんを訪ねたとき、わたしたちがおじいさんの暮らす掘っ立て小屋の中でチャイを飲んでいると、ヤギが一生懸命中に入ってこようとしていました。そしておじいさんをじっと見て、そばから離れませんでした。

何となく人間と犬とか牛とかの間の差が曖昧な感じ。インドでは、パーセンテージはわかりませんが、かなりの数の人が菜食で暮らしています。宗教的信条ではあるのでしょうが、なんとなく菜食する人が多いのもわかるような気がしました。

スワミジの学校

スワミジはヒマラヤ・ウッタルカシ近くのガンゴリ村で、「教育によって貧困を絶つ」という理念を実践し、学校を運営しています。この学校の敷地の所有者かわってしまったため、来年春に学校を移転しなければならなくなりました。新たに土地を買って校舎を立て、学校を続けようとしています。

 スワミジの学校運営のために、少しだけ日本からも寄付をしたいと思っています。少しでも賛同してくださる方がいらっしゃったらぜひご一緒に!詳しくは16日「インドから帰国」の記事とスワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシをご覧ください。ご連絡はananda@mbp.nifty.comまで。

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2005年12月24日 (土)

インドの旅 ハリドワールでプジャ

 アシュラムの男の子たちは9時半ころになると学校へ出かけていきます。サンスクリット語を学んでいるそうで、プリースト(司祭さん)の卵だそうです。プリーストになるには、プリーストの家系である必要があるそう。カーストと関係あるのでしょうか、お寺の中でプジャ(儀式)ができるのはプリーストの家系の男の子だけだと聞きました。

この小さなアシュラムの中庭にある、これまた小さなお寺で、毎朝5時半にプジャをするのはチョトゥ君の役目です。プジャの前には必ず水浴びをして体を清めます。早朝は息が白くなるほど冷え込むのに、彼らは暗がりの中で井戸の水(!)を浴びています。わたしはそんな根性はないのでバケツにお湯をもらいます。バケツ一杯で頭と体をうまく洗うのはけっこうテクニックが必要です。お風呂を使って着替えをしたら5時半に小さなお寺の前へ。

CIMG1586

チェトゥ君はシバ・リンガ(シバ神の象徴)に花を供え、中央に赤と白の色粉で点と横線を描いています。これはシバのお寺に行くとおでこにつけられるものと同じ。そして油を入れた真鍮の器に火をともし、まずは法螺貝をぷおーっと吹きます。これがなかなかうまく吹けず、真剣な顔で悪戦苦闘するチョトゥ君を見て笑いをこらえるのに一苦労。その後神を讃えるキルタンを歌い、それからチャンティング。途中からアシュラムの外に向きなおってチャンティングします。火を持って来てくれるので煙を両手で頭や顔に。この辺は仏教のお寺と似てますね。

プジャが終わるとおもむろに解散し、サドゥへの施しのチャパティ作りが始まります。わたしはチャイなど飲みながらのんびり。朝ごはん前に自転車を借りてサイクリングしよう・・と自転車にまたがった途端、スワミジに呼び止められました。「どこ行くの!ダメダメ今からアシュラムに行ってきなさい!」朝ごはんは・・・?と思いつつ、アシュラムの若いサンスクリット学者で司祭のドルーブ君のスクーターにひょいと乗せられ、川向こうにある別の大きなアシュラムへ。そこでは、8日間のプジャが行われている最中でした。オランダ在住のインド人一家がプジャのために滞在しているそうで、そこに入れてもらえることになり、三階にある小さなプジャ部屋に入りました。

神棚の前に一家が座り、左右の脇に儀式を補助する司祭さん、それからドルーブ君がマントラを唱えるための席、中心にアシュラムのスワミ(お坊さま)の席、そしてその後ろにドルーブ君とは別のマントラを小さな声で唱え続ける司祭さん。横と後ろの壁際には7~8人くらいの司祭さんが座り、ドルーブ君に合わせてチャンティングをします。プジャをするのはスワミではなくプリーストの役目だそうです。

小さな部屋の中で10人近くの司祭さんのチャンティングを聞くというのは、滅多にできない事だと思います。とても美しい時間でした。意味はわからないけど、なんてきれいなんだろう・・・と涙が出ました。こんな経験は初めてでした。ドルーブ君の声がいいのか?

このプジャは夜の8時まで続くので、途中でこっそり抜け出してスワミジの待つアシュラムに、またまたスクーターで連れて帰ってもらいました。

スワミジの学校

スワミジはヒマラヤ・ウッタルカシ近くのガンゴリ村で、「教育によって貧困を絶つ」という理念を実践し、学校を運営しています。この学校の敷地が所有者によって売却されてしまったため、来年春に学校を移転しなければならなくなりました。新たに土地を買って校舎を立て、学校を続けようとしています。

 スワミジの学校運営のために、少しだけ日本からも寄付をしたいと思っています。少しでも賛同してくださる方がいらっしゃったらぜひご一緒に!詳しくは16日「インドから帰国」の記事とスワミ・ヴィヴェーカンダ基金ウッタルカシ をご覧ください。ご連絡はananda@mbp.nifty.comまで。

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2005年12月22日 (木)

インドの旅 まだハリドワール

ハリドワールは聖地なので、サドゥと呼ばれる物乞い(?)をしながら巡礼をしているお坊さまが山ほどいます。みんなスワミジと同じオレンジの僧服を着ているけれど、中にはニセモノもいるとか。まあそれはおいといて、わたしの滞在していた小さなアシュラムでは毎朝8時から、野宿しながら巡礼をしているサドゥのみなさんに、ダル(豆スープ)とチャパティをふるまっています。

CIMG1609

朝5時半のプジャ(儀式)の後、朝食まで時間があるので部屋でメディテーションとヨガをして、チャイを飲んだり洗濯したり。調理場に行くと男の子たちがチャパティを作っていたのでわたしも手伝いました(ノロいのですぐに「もういいです」と言われましたが)。これが私たちの朝食かと思ってたら、サドゥのみなさんへの施しが先で、朝食はその後で改めて作るのです。もう起きてから3時間くらいたってるのでかなり腹ペコ。そしてなんだかよくわからない間にスワミジが5ルピー札(13円くらい)を100枚準備していて、わたしはダルの鍋の横で5ルピーを配る役目を言いつかりました。8時ぴったりにアシュラムの小さな門から一列にならんだスワミ集団がゾロゾロと入ってきて、あっという間にアシュラムの入り口がオレンジ一色になりました。どこから来たの???と驚いているヒマもなく、ダルとチャパティを貰ったスワミたちに次々に5ルピーを渡します。「彼らは着ている服以外は何も持ってないし、たまには現金だって必要だろうから、アシュラムにお布施があったときなんかに配ったりするんだよ」とスワミジから説明されました。その数なんと107人!ということは最後の7人はお金がもらえなかったのでした・・・

ここで私は、インドにはスワミジといってもいろんなスワミジがいるみたい・・・とおぼろげに理解。サドゥのように家も家族も何も持たず、ただひたすら自分が信じる神にすべてを捧げるスワミを「彼らはバクティ・ヨガ(帰依・献身)の人たちだよ」とスワミジは言っていました。わたしがお世話になったスワミ・チェータンジは、過去にも病院・学校を作ったり、今住んでいるヒマラヤではアシュラムと学校を作って運営し、地域社会のために働いています。「わたしがやっていることはカルマ・ヨガ(行動・奉仕)」だそうです。ハリドワールでもう一つ訪ねた大きなアシュラムでは、8日間のプジャというのが行われており、朝から晩まで8日間ずっとマントラ(お経のようなもの)をチャンティングしていました。「このアシュラムでやっていることはマントラ・ヨガ」と説明してくれました。ギアナ・ヨガ(理論・知識)、ラジャ・ヨガ(メディテーション)というのもあるとのお話。日本でちょっと本を読んだりで知ってはいましたが、具体例で説明してもらえてふ~んと納得。口伝えの知識なので訳など間違っていたらごめんなさい。

スワミジはヒマラヤ・ウッタルカシ近くのガンゴーリ村で、「教育によって貧困を絶つ」という理念を実践し、学校を運営しています。

 この夏に、学校の敷地が所有者によって売却されてしまったため、来年春に学校を移転しなければならなくなりました。現校舎の近くに土地を買って新たに校舎を立て、学校を続けようとしているところです。

 スワミジの学校の土地を買うために、日本からも寄付をしたいと思っています。少しでも賛同してくださる方がいらっしゃればぜひご一緒に。詳しくは16日「インドから帰国」の記事と下のファイルをご覧ください。ご連絡はananda@mbp.nifty.comまで。

スワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシ「swami_vivekananda_foundation.doc」をダウンロード

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2005年12月21日 (水)

インドの旅 ハリドワール メールアドレス訂正済

 ジャナルダン氏の運転でハリドワールヘ移動。ハリドワールは聖地で、町の名前も「神の地への門」という意味。町はお寺とアシュラムだらけです。

わたしたちはスワミジが面倒を見ているという小さなアシュラムに滞在。小さくて質素だけれど、若いサンスクリット学者である司祭さんと、四人のサンスクリットの学生さんが暮らしている良い雰囲気のアシュラムです。まだ幼さの残るチェトゥ(ちび)と呼ばれていた男の子がわたしの世話係。二年前にネパールから来て勉強しているそうで、お母さん(?)を思い出すのかわたしを慕ってくれて、すっかり情が移ってしまいました。CIMG1582

朝五時半にプジャ(儀式)の準備をするチェトゥ君

カメラが気になって集中できません。

 食事は男の子たちがチャパティとダル(豆スープ)とサブジ(煮野菜)を作ってくれます。食事前には司祭さんのチャンティングでお祈り。美しい声。この若い司祭さんは、インド各地からプジャ(儀式)のために呼ばれるほどで、マハラジャの宮殿でのプジャにも呼ばれたことがあるそう。

CIMG1616 朝ごはんを食べるスワミジ

さて、インドでのスワミジですが、やはりお坊さまは尊敬されています。もちろんだれもがやるわけではありませんが、信徒さんならスワミジの足に額か手をつけます。アシュラムに着いた時ももちろん、男の子たち全員が出てきて、車から降りたスワミジの足元に額をつけに来ました。みんなスワミジと話すときはかなり緊張しているし、バッグを持ったりドアを開けたりと忙しくスワミジのお世話をしています。食事ももちろんスワミジとゲストが先で、自分たちはその間ずっと立ってお皿に米やスープをつぎたしています。これは全国の信徒さんたちも同じで、駅でも空港でも迎えに来るし、荷物も持つし、家の中で一番いい部屋をスワミジに使ってもらいます。

 スワミジのゲストであるわたしは、どこへ行ってもスワミジと同じ待遇を受けるのですが、これが一般庶民であるわたしにはかなり心苦しく、奉仕されればされるほど罪悪感を感じて辛くなってしまいました。
 日本と違ってインドではカーストによる階級社会があり、明らかに平等ではありません。デリーで高級車を乗り回すお金持ちそうなインド人がいる一方で、道路わきで物乞いする子供が大勢いるのを見て、あまりの格差に愕然としました。その中で、やはり特別扱いを受けているお坊さんであるスワミジの立場に、少し反感を持ってしまいました。

 旅の終わりになってからやっと気づいたのですが、インドでのスワミジの存在というのは、信徒さんなど俗世間で暮らしている人々が、お布施をしたりお世話をしたりすることで善い行いをすることができる対象なのです。スワミジは自分で料理もできますし荷物も持てます。普段暮らしているアシュラムは大変質素です。だからいい席やいい部屋が必要なわけではありません。でも信徒さんたちにとっては、自分の持っているものをお坊さまに差し上げるという善行を行う機会なのだと、わたしなりに理解したのでした。

スワミジの学校に少しだけ寄付をしたいと思っています。ほんの少しでも、賛同してくださる方がいらっしゃればぜひご一緒に。
 スワミジはヒマラヤのウッタラカシ近くのガンゴーリ村で学校を運営しています。寄付金は「スワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシ」へと寄付され、スワミジの学校の運営に使われます。ご連絡はananda@mbp.nifty.com まで。

スワミジの学校を運営するスワミー・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシについて。「swami_vivekananda_foundation.doc」をダウンロード

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2005年12月20日 (火)

インドの旅 まだデリー

 日記の題名を「不良主婦インド放浪記」にしろという意見を、犬と会話ができるおじさんからいただきましたが却下。この数年カヤックにはまり毎週末のように車で日本放浪していたら、地元で「不良主婦」と呼ばれるようになってしまいました。 

アウロビンド・アシュラムでの朝。7時半にスワミジが起こしに来られました。このアシュラムはお互いの部屋を訪ねたりしてはいけないそうで、外で用件だけ言って去っていきます。食堂でステンレスのトレーとカップをとって朝ごはんの列に並ぶと、塩味のジャガイモの炒め物をはさんだサンドイッチとチャイが配らました。おいしい!そして8時には空港に迎えに来てくれたおじさん(以下ジャナルダン氏)が車でお迎え。早いなぁ・・・

epsn1819 どこへ行くのかわからないままジャナルダン氏に連れ去られ、イスコンテンプルへ。ここはクリシュナ寺院で、みんな丸坊主で後頭部にチョロンと残した髪を結っていました。夏にスワミジのヨガワークショップに来ていたNZ人のベンさんと同じ髪型だ!わたしはベンさんをなぜかラーマクリシュナ・ミッションの人だと思い込んでいたけど、ベンさんはどうもこのクリシュナ派の人ですね。ラーマクリシュナさんはラーマクリシュナ・ミッションを作ったスワミ・ヴィヴェーカナンダさんのお師匠様です。そしてクリシュナはヒンズー教の神様の名前で、名前が似てる上に知識がないのでごちゃ混ぜになっちゃいました。

 イスコンテンプルでは神様の前にべったりうつ伏せに伏せてお祈りします。この光景、この後どの寺院でも見かけました。でも絶対やらないといけないわけではないらしく、スワミジなどは神様の足元に両手と額をちょこんとつけてひざまずいていました。以後わたしもスワミジの真似。

 

インドの人というのは、宗教に関してかなり寛容であるという印象を受けました。ジャナルダン氏はかなり敬虔なヒンズー教徒です。そしてわたしがヒンズー教徒ではないのも知っています。でもそんなことお構いなしで、大興奮でわたしにどんどん神様を紹介してお祈りさせてくれます。もちろんスワミジと一緒だというせいもありますが、ジャナルダン氏に限らず、どこに行っても異教徒とか何とか言わることはありませんでした。神様はどれも神様でありがたい存在である、という感覚がインドの人に間に一般的にあるのではないか思いました。それにインドの人は仏教はヒンズー教の一派だとみんなして言うのですよ。シバ派のお寺で仏像を見たことさえあります。ちょっとびっくり。

スワミジの話によく出てくるラーマクリシュナさんやスワミ・ヴィヴェーカナンダさんの教えは、「すべての宗教は一つの神のもとに通じる」という内容のもので、宗教の違いを論じるのは無意味であるという考えです。わたしがインドの旅で知り合った人はみんな当たり前のように不二一元論を論じられます。「わたしはだれなのか?」という問いを突き詰めると、「わたしはこの体ではない、感覚器官でもない、この思考でもない、わたしはブラフマン=神・全てである」という答えにいたると説明をしてくれた人がいました。
 ただし、旅の後半で出会ったインド在住20年の日本女性とお話させていただいた時に、インドでもこのような寛容な考えが多勢というわけではないのではないかと聞きました。もっと熱狂的に一つの神を信じる人もかなり多いそうです。その中で、「宗教に違いはない、すべての神は一つである、わたしの信仰はヒンズー教ではなく愛である」と言ってしまう人は少数派で、インドを旅しながらその考えに賛同する人に囲まれているのは、幸運だと思うと言われました。確かに信仰心と無縁のわたしが、いきなり「シバ神を信じ祈りなさい!」と言われたら拒否したかも。

 旅を通してスワミジについて何となくわかったこと。スワミ・ヴィヴェーカナンダさんを尊敬していること(基金の名前から)。スワミジの信徒さんはほぼすべてスワミ・チダナンタさんの信徒さんであること。そして、訪れた寺院ほぼすべてにシバ・リンガがあったことからシバ派か?ということでした。聞いてもなぜか答えないので推測です・・・。

スワミジの学校に少しだけ寄付をしたいと思っています。ほんの少しでも、賛同してくださる方がいらっしゃればぜひご一緒に。
 スワミジはヒマラヤのウッタラカシ近くのガンゴーリ村で小学校を運営しています。寄付金は「スワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシ」へと寄付され、スワミジの学校の運営に使われます。ご連絡はananda@mbp.nifty.com まで。

スワミジの学校を運営するスワミー・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシについて。

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2005年12月18日 (日)

インドの旅 デリー メールアドレス訂正済

EPSN1812 この夏来日してヨガを教えていただいたインドのお坊さまスワミ・チェータン先生を訪ねて、11月にインドへ旅立ちました。
 エア・インディアで夕方にはデリー着。飛行機の出口へ向かうと、なんとそこにわたしの名前を書いたボードを持ったおじさんがニコニコしながら立っている!飛行機までお迎えが来ていました。空港の職員であるこの人は家族総出でスワミジのお手伝いをされている信徒さんです。そこからはパスポートと荷物をおじさんに渡し、並んでいる皆さんを横目に脇から入国させてもらい、税関もするりと通ってロビーへ出ると、おじさんの奥さんとスワミジが待っていてくれました。
 「ハリオーム、スワミジ!!」と久しぶりのご挨拶。奥さんはマリーゴールドの花輪と銀トレーにのせたお米やえ火を使って、お迎えの儀式をしてくれました。

そうこうしているうちにおじさんが「車をまわしてくるから表で待っててね」とどこかへ。わたしたちも出口から出て外でおしゃべりしつつおじさんを待っていました。
15分もたったかと思われるころ、突然スワミジが「君の荷物はどこにあるの?」
「へ?!」
 なんと、空港ロビーにカートごとすべての荷物を放置してきちゃったのです。カートはおじさんが運んでいったと思い込んでました。走って中に戻ったら、わたしのカートがロビーにぽつん・・・。スワミジは「こんなことして荷物がなくならないのが不思議だ。」と何とも言えない表情でした。

兎も角も、無事(?)に宿泊先アウロビンド・アシュラムへ。カルカッタ出身のアウロビンドさんというholy perspn(聖人と訳していいのかな?)が作ったアシュラム(宿坊?修道院?道場?どう訳せばいいのか・・・)のデリー支所で、とても静かな空間です。たくさんの人が宿泊していましたが、泊まるには紹介が必要なようでした。
 部屋は質素ながらきれいでトイレとシャワーつき。でもトイレットペーパーがない・・・慣れるまでのために持ってくるつもりが忘れてしまったのです。で、初回からインド式で水でを洗うハメに。オシリはもちろんパンツまでびしょびしょになってしまいました。なかなかむずかしいです。
 アシュラムの食事はもちろんベジタリアンで、他の部屋を訪問したり騒ぐのは禁止。朝は自主的に廊下など掃除しています。初めてのアシュラムはなかなか快適でした。

このようにしてわたしのインドの旅が始まりました。信仰とは無縁の私が、インドでのスワミジという存在についてほとんど知識も持たないまま始めてしまった旅。これが数々の衝突の原因となってしまいましたが、最後まで見捨てずに付き合ってくれたスワミ・チェータンジとスワミ・ラーマスワルパナンダジ、それからわたしの面倒を見てくださったたくさんのご家族のみなさんに感謝の涙を流した旅でした。

 スワミジの学校に少しだけ寄付をしたいと思っています。ほんの少しでも、賛同してくださる方がいらっしゃればぜひご一緒に。
 スワミジはヒマラヤのウッタラカシ近くのガンゴーリ村で学校を運営しています。寄付金は「スワミ・ヴィヴェーカナンダ基金ウッタルカシ」へと寄付され、スワミジの学校の運営に使われます。ご連絡は
ananda@mbp.nifty.com まで。明日続きを書きます。

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2005年11月 2日 (水)

インド出発

明日にはインドに到着です。前回も書きましたとおり、旅行中はヨガマットの発送は代理の人にやっていただきますので、発送作業に少し余分にお時間をいただくことになります。今までは出来る限りお振込をいただいた当日か、遅くても翌日には発送するようにしていたのですが、113日から1220日過ぎころまでの間は、毎日発送してもらうことができません。ご迷惑をおかけしますが、どうぞご理解下さいますようにお願いいたします。 

それから、マットに関するご質問についても私が直接お答えすることができません。わかるかぎりのことは代理の人に答えていただきますが、過去のご質問についてQ&Aのページを作りましたので、参考にしていただければ幸いです。

向こうでの生活は、朝何時に起きるか何時にヨガをするかなど、わたしが脱走できないようにすべてプログラムが決められているそうです(とまた昨日スワミジ先生に電話で念を押されました)。どんな生活が待っているのか、今ひとつ想像ができませんが、楽しんできたいと思います。それでは、行ってまいります。

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2005年10月30日 (日)

インドへの旅

 突然ですが、113日からインドに行ってまいります。

その間、ヨガマットのショップについては代理の人にやっていただくことになりました。期間中はヨガマットの発送作業に少し余分にお時間をいただくことになります。今までは出来る限りお振込をいただいた当日か、遅くても翌日には発送するようにしていたのですが、113日から1220日過ぎころまでの間は、毎日発送してもらうことができません。ご迷惑をおかけしますが、どうぞご理解下さいますようにお願いいたします。

それから、マットに関するご質問についても私が直接お答えすることができません。わかるかぎりのことは代理の人に答えていただきますが、過去のご質問についてQ&Aのページを作りましたので、参考にしていただければ幸いです。

インドに何をしに行くかというと、実は観光・・・というか、インドってどういうところなのか興味津々です。もちろんヨガもしたいけれど。あちらではヨガの先生スワミジにお世話になるので、自動的に修行生活になるのではないかと予想しています。でも性格的にあまり修行向きではないので、途中で我慢できなくなってアシュラム脱走(?)してしまいそうです。

スワミジにも半分冗談でその旨を伝えてみたのですが、「脱走?何で脱走するの?どこに?どうやって?」とどうも冗談が伝わらなかったようで、すごく気にされてしまいました。つい調子に乗って「脱走してリシケシに行く」などと言ったものだから、なおさら現実味が増してしまったみたいです。「冗談です」と取り消してみてももうダメで、その後話をする度に「脱走なんかできないよ。毎日ちゃんとプログラムがあるんだから。」と言い聞かされています。そんなわけで、期待と不安がない交ぜで出発の準備をしているところです。

 インドはネットカフェ大国だそうなので、できれば途中でブログも書ければいいなと思っています。ヒマラヤにいる間はインターネットができる環境がないようですが、南にも旅行をする予定ですので、インド旅行記を読んでくださいね。どんな旅行になるのか、行ってからのお楽しみ・・・。

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2005年9月18日 (日)

ガンガーはだからでかいのか

にわかにインドに興味を持ち、インドヒンズー教の本を読み始めました。

今まで読んでなかったのか?と思われる方もいるでしょうが、正直言ってアーユルヴェーダが何かも知りませんでした。すみません。

しかしインドってすごい国です。

何がすごいって、ガンジス川。ヒマラヤ麓から河口までの2500キロ、標高差311メートルしかないんですよ!むちゃくちゃ平らだ!平均すると1kmにつき12.4cmしか下らないということです。ちなみに日本一長い信濃川は標高360mの長野市から新潟県の河口まで(全長ではありません)が200kmだそうです。

これは講談社から出ている「山下博司著 ヒンドゥー教 インドという謎」という本に書いてある内容です。面白いから読んでみてください。

わたしは川下りが趣味ですが、日本の川はたいていどんどん落ちていきます。

何m落ちるかって言われるとさっぱりわかりませんが、数キロで数十メートル落ちることもあると思います。私がよく下りにいく高瀬川という川は、下ってる最中も行く先がどんどん落ちてて見通せない場所もいくつもあります。信濃川には「アメリカ」と名づけた瀬(アメリカみたいにでかいの意味)がありまして、そこなんかどんどん落ちていくので、一度下り始めたら途中で止まることもできません。まあ、そういう高低差のある川が好きっていうのもありますが、それにしてもガンジス川は平らです。ずーっと下流の方まで見えてそう。

そんな標高差でちゃんと下流に流れていくのか?と疑問に思うけど、ゆったりゆったりと流れていくのでしょう。でもって今ひとつスピードがないから川が横に広がって「湖か?」と思うほどの川幅になるのですね。

そういえばずーっと前にインドに行ってガンジス川の沐浴を眺めてたら、そばで犬がなんかガリガリかじってる・・・それサレコウベですがな!という出来事がありました。ガンガーにはいろんな物が流れている・・・。

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